遠藤由理さんプロフィール
4億6000万点以上の写真、ビデオ、イラストを取り扱う世界最大のデジタルコンテンツカンパニー「Getty Images(ゲッティイメージズ)」のiStockクリエイティブ専門チームCreative Insightsマネージャー。ビジュアルメディアの学歴を持ち、映画のプロモーション、セールスなどに従事。2016年からゲッティイメージズ、ならびに、iStockのクリエイティブチームのメンバーとして、世界中のクリエイティブプロフェッショナルによる利用データ分析と外部データや事例を調査し、来るニーズの見識を基にCreative Insights(広告ビジュアルにおける動向調査レポート)を発信。意欲的な写真家、ビデオグラファー、イラストレーターをサポートし、インスピレーションに満ちたイメージ作りを目指している。
私たちが見ているビジュアルには「アンコンシャス・バイアス」が溢れている
テレビで流れる車の映像、CMや広告で笑う家族の写真、オンラインメディアの記事に載っている研究所の写真、書籍に登場する女性のイラスト。私たちがよく目にしているビジュアル素材は、Getty Images(ゲッティイメージズ)から提供されているストック素材である可能性が高い。そういったビジュアルには、そのビジュアルを選んだメディアや企業側、そのビジュアルを作ったクリエイター側のアンコンシャス・バイアス(無意識の差別)が強く影響してしまっているのを知っていただろうか?
遠藤さん:私たちは日々目にするビジュアルから知らず知らずのうちに影響を受けていて、無意識の偏見、つまりアンコンシャス・バイアスを蓄積していると言われています。偏見や差別は個人の見聞きした経験を通して作られ、それが文化を形成し、メディアやビジュアルに反映されています。偏見や固定概念をさらに広げないためにも、インクルーシブ(包括性)というものの意味を1人1人がビジュアルを通して理解することが重要だとゲッティイメージズでは考えています。とくにストックフォトは利便性が良いため広く流通していて、おそらく皆さんはストックフォトだとは気がつかずに毎日目にしている可能性が高いです。そのためゲッティイメージズでは、そういったビジュアルにおける多様性をより公平に正確に表現することを目指しています。
ビジュアル表現の頻度が高いと偏見が少なくなる
よりリアルで偏っていないビジュアル表現をすることは偏見や差別を減らす効果があることが、ゲッティイメージズの調査データから分かっているという。
遠藤さん:ゲッティイメージズの調査では、ビジュアル表現と偏見には関連性があることが分かっています。そのコミュニティの真の姿をビジュアルで表現することができれば、そのグループはより社会で受け入れられ、疎外を感じにくくなるという結果が出たのです。具体的な調査結果として、ステレオタイプではないLGBTQ+の姿をテレビなどのビジュアルで目にする頻度が多い地域ほど差別や偏見が少ない、つまりビジュアル表現の頻度が高い地域ほど偏見が少ない傾向にあることがわかりました。
取り組み① リアルなビジュアル表現のために「Visual GPS」を提供
では、ゲッティイメージズでは、ビジュアル表現からアンコンシャス・バイアスを取り除くためにどんな取り組みを行なっているのか? まず1つめが、現代の消費者にとって大切なもの、消費者の興味をひくコンテンツ、最終的な決断と行動を促す要因をデータとともにまとめたVisul GPS(ビジュアル・ジーピーエス)の提供。このレポートでは細かなデータを提供することに加え、多様性を適切に反映したビジュアルの作り方・選び方をアドバイスしている。
遠藤さん:Visual GPSは、世界26ヵ国・1万人の消費者を対象に定期的に行なっている市場調査です。各地域の消費者がどれだけダイバーシティ&インクルージョンを重視しているのか、どういったビジュアルが行動喚起に繋がるのかといったことを、裏づけする根拠とともにガイドラインやレポートにまとめて提供しています。フォトグラファーやビデオグラファーといったクリエイターさんたちには作品を作る際のヒントに、素材を買って頂くお客様にはビジュアルを選ぶ際のヒントに役立てていただけるようお渡ししてます。
取り組み② 多様性を高めるコレクションを展開
もう1つゲッティイメージズが行なっている取り組みが、企業や非営利団体などと協力して制作するコレクション。障がい者、年配者、女性などコレクションによってテーマを設けているが、このコレクションの素晴らしいところは、当事者が制作に参加していること。他人の勝手なイメージ(ステレオタイプ)に沿って描くのではなく、当事者のリアルな姿が反映されている。
The Disability Collection
遠藤さん:「今まで障がい者を描くときは、シニア層で、車椅子に乗っていて、誰かにお世話されている、というビジュアルが多かったのですが、The Disability Collecitonは、多様に存在する障がい者の方がどのように生活されているかがリアルにわかるコレクションになっています」
Disrupt Aging Collection
遠藤さん:「エイジズム(※年齢に対する偏見)に対抗して、年を重ねることの意味を再定義するような作品が世界中から集まっています」
Project #ShowUs
遠藤さん:「世界初の、女性とノンバイナリーによる、女性とノンバイナリーのイメージコレクションで、カンヌ国際広告祭で受賞も果たしました」
Nosotros Collection
遠藤さん:「ヒスパニック系の人のビジュアルは、苦労人や労働者階級というステレオタイプが強かったので、こちらのコレクションはヒスパニック・コミュニティをよりリアルに表現することを目的としています」
ブランドの製品だけでなく価値観も重視される時代に
ゲッティイメージズのVisual GPSの調査によると、若い世代ではブランドの製品だけでなく価値観も意識して購入を決める傾向が強まっているという。そんな消費者の意識の変化に合わせて、ブランド側も意識を変えていかなくてはいけない。そんななかで、消費者に正直なビジュアル表現をすることは消費者と繋がるきっかけになると遠藤さんは思っているという。
遠藤さん:消費者はそのブランドや企業の姿勢が自分の価値観に合っているかで利用を決定する傾向になっていることがビジュアルGPSでわかっています。世界の消費者の35%が過去2年以内に自分の価値観に反するブランドをボイコットしたと答えており、逆に自分の価値観と一致することを支援するブランドから購入したと、同じ割合の人が答えています。消費者を適切に表現したビジュアルを選ぶことは、すでに存在している消費者に対するコミットメントを強化して、新しい顧客に対して競合他社にない方法で消費者を理解していることを示す機会になるのです。
今後はインターセクショナリティも重要なキーワードに
ビジュアル表現における「アンコンシャス・バイアス」を考えるときは、「インターセクショナリティ(交差性)」を理解するのもじつは重要。インターセクショナリティは、複数のアイデンティティが交差することで、固有の差別や偏見が生まれることを理解するための枠組み。例えば、ひとえに「女性」と言っても“高収入の女性・低収入の女性”、「性的マイノリティ」と言っても“レズビアンとトランスジェンダー”で経験する差別や偏見は異なる。一括りで考えると取り残される人が出てきてしまうので、交差によってどのような経験・問題が発生するのかを意識して考えることが大切。遠藤さんは、適切なビジュアル表現をするためにはここの理解を深めることが重要だと考えている。
遠藤さん:最新のビジュアルGPSでは、ひとつの差別を経験している人はさらにいくつか別のバイアスも経験していることがわかっています。社会の中でバイアスを減らすためには、ビジュアルを作る側・選ぶ側がここを理解していることが大切なので、今年ゲッティイメージズの撮影ブリーフや資料にはインターセクショナリティという言葉がたくさん出てきます。
遠藤さんがアドバイス!多様性のあるビジュアル表現のチェックポイント
- 被写体の役割が、女性にも男性にも同じように当てはまるかどうか
- 男女の被写体が映っている場合、力関係は均等かどうか
- 人種に対する固定観念にとらわれていないか
- 50歳以上の女性を活き活きと描けているか
- あらゆるボディサイズや障害のある人を活き活きと描けているか
- 多様な家族のカタチを検討できているか
(取材:フロントロウ編集部/イラスト:Kaoll)