グロリア・スタイネムの人生を描く『グロリアス 世界を動かした女たち』は、世代、人種、年齢を超えて旅のバトンを繋ぐロードムービー。『アクロス・ザ・ユニバース』監督の世界観広がる映像はクセ強め。ジュリアン・ムーアはそっくり。(フロントロウ編集部)

フェミニストのロードムービー

 アメリカで女性の人権運動を引っ張ってきたグロリア・スタイネムの人生を描く『グロリアス 世界を動かした女たち』。

 グロリアは88歳となった現在も精力的に活動する人権家で、英語で未婚の女性に使用される敬称の「Miss」と、既婚の女性に使用される「Mrs.」に代わり、誰にでも使える「Ms.」を広く浸透させたことでも知られる。(※)
 ※Ms.という略称自体は、1901年に新聞The Sunday Republicanで匿名のライターが考案したと言われている。

 そんな彼女の物語と聞けば、本作がもちろんフェミニズム映画であることは分かるが、面白いことに、本作は「ロードムービー」とも言える雰囲気を持っている。各地を転々とするビジネスマンの父親を持ち、大学卒業後には2年間インドで生活。ライター時代にはプレイボーイ誌のクラブに潜入し、人権運動で各地を移動し、仲間の先住民族の土地へ行ったりもした。

 そんな彼女のストーリーは、例えばチェ・ゲバラの若き日を描いた『モーターサイクル・ダイアリーズ』を彷彿とさせる。人生は1つの旅だとも言えるかもしれない。だからこそ、人生という旅をするこのロードムービーでは、母親から娘であるグロリアへ、昔の自分から今の自分へ、そして女性たちの間で受け継がれる後悔、怒り、願いといった思いや歴史が描かれている。

 さらに、多くのロードムービーでは「学び」がカギになる。フェミニズムときくと、現在では欧米のほうが、そして白人間でのほうが制度や意識改革が進んできているのは事実だが、グロリアはインドで女性たちがシスターフッドを築いて助け合ってきたこと、黒人や先住民の女性たちが闘ってきたことから学び続ける。欧米から学ぶ姿勢を取ってしまいがちだが、どの地域にも学びはあるもの。日本の観客にとっては、自分たちの国にあるシスターフッドを見て、素晴らしいと感じられるきっかけにもできるのではないだろうか。

主人公がいたって静かなのはレア?

 グロリアは本人が静かな話し方をする女性であるため、彼女を演じたアリシア・ヴィキャンデルジュリアン・ムーアも、劇中で声を荒げることがほとんどない。

 女性が怒りや悲しみの感情をあらわにすることは良くないことだとされてきたため、その社会的抑圧を壊すために、感情豊かな女性たちを描く作品は増えているが、一方でそれによって女性がただのヒステリックでうるさいキャラクターになってしまっている残念な作品も少なくはない。

 本作でのグロリアの描かれ方は抑圧的ではなく、単に静かな性格の人だ。さらに、彼女の仲間であるドロシー・ピットマン・ヒューズやベラ・アブズグ、フローリンス・ケネディが、とにかくうるさくて面白い! グロリアが静かだからこそ、その対比が良い。本作に“感情のコントロールができない感情的な女性”はおらず、静かな女性も、うるさい女性も、ともに魅力的。

画像: 主人公がいたって静かなのはレア?

迫害されている女性の人権は今も一緒

 主に60年代から70年代のアメリカが舞台の本作で言及される女性の人権に関する問題は多い。

・中絶の権利
・中絶反対派は、ならば児童福祉を充実させるのか?
・性暴力に耐えなくてはいけないこと
・好きな格好ができない
・どんな服装でも“性的”だとされる
・シングルマザーの抱える諸問題
・児童福祉の重要性
・性別による賃金格差
・フェミニズムは嫌がられる
・ホワイトフェミニズム

 なんだか既視感が…。2022年の現在、戦後よりは女性の人権が守られるようになったとはいえ、なぜこんなにも同じ問題が解決されずに続いているのだろうか。絶望を感じそうにもなるが、劇中でグロリアが言うとおり、「私たちの闘いはマラソンではなくリレー」なので、バトンを繋ぎ続けるしかない。その燃料は、怒りだ!

 ちなみに、劇中では名前が明かされなかったが、グロリアの著書『My Life on the Road(原題)』によると、劇中でタクシーの中でグロリアに性差別発言をしたのは、現在では「ニュー・ジャーナリズム」のパイオニアとされるゲイ・タリーズ。それを聞いて笑っていたのが、その後1976年にノーベル文学賞とピューリッツァー賞を受賞したソール・ベロー。時代は違えど、多くの男性が性差別発言をしていても、世間にバレない限りは社会的に評価され続けるのは変わらないってね。

突然ぶち込まれるファンタジー映像が面白くなってくる不思議

 本作ではグロリアの心象風景が表現されるところで、いきなり魔界のような世界が生まれたり、ネオンが動き出したりと、突拍子もない映像が挟み込まれる。しかも割と長い。

画像: 突然ぶち込まれるファンタジー映像が面白くなってくる不思議

 なんだこの『アクロス・ザ・ユニバース』みたいな映像展開はと思ったら、それもそのはず、本作でメガホンを取ったのは同じくジュリー・テイモア監督だった。ミュージカル映画である『アクロス・ザ・ユニバース』と同じテイストを、実在の人物の人生を描く本作でも貫くことには少し違和感があるものの、慣れてくると面白くなってくるものだった。

 とはいえ、一部の映像がグレートーンで描かれたのは、良い効果とは思えない。劇中では、幼少期のグロリア、10代のグロリア、そしてアリシアとジュリアンのグロリアがバスの中に集まって会話を繰り広げるシーンがいくつか挟まれている。このマルチバースな展開は、グロリアの過去の後悔を振り返り、1人の女性の人生という旅を感じさせる効果を狙ったのかもしれないが、別の方法があったのではないかと思わずにはいられない。

 また、そのシーンをモノクロにしたのも理由が見えない。とくに、本作はグロリアの父親が雨が降る灰色の空を楽しんでいるところから始まる。であればグレーという色をもっと上手く使う方法はあったはず。

(フロントロウ編集部)

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