ディズニー長編アニメの新ヒーロー、イーサン
ディズニーでは近年、LGBTQ+のレプリゼンテーション(表象)を拡大する動きがある。長編アニメの方では、2019年の『トイ・ストーリー4』ではピクサー映画として初めて有色人種のレズビアンカップルが登場し、2022年の『バズ・ライトイヤー』ではピクサー映画で初めて同性同士のキスが描かれた。そして新作アクション・アドベンチャー大作『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』では、ディズニー・アニメとしては初めて同性愛者であることをオープンにしているティーンのキャラクター、イーサンが登場する。
ただ、LGBTQ+コミュニティの中には、イーサンの登場を聞いてあまり気持ちが上がらない人も多いかもしれない。ハリウッド作品ではLGBTQ+のキャラクターが増えているが、“とりあえず入れておいた”的な役だったり、ステレオタイプに満ちた役だったり、LGBTQ+であること以外に特徴がなかったりと、コミュニティが求める適切なレプリゼンテーション(表象)が出来ている作品がまだまだ少ないからだ。
しかし、『ベイマックス』のドン・ホール監督は本作で、主要キャラクターをLGBTQ+という設定にしながらも、セクシャリティに依存しない描き方をするという、簡単そうで多くの映画作品では達成できていないことを成し遂げている。
映画では冒頭で、イーサンが父のサーチャーに好きな人を紹介するシーンがある。サーチャーは息子の好きな人が見たくて”紹介して”とグイグイいく一方で、イーサンは恥ずかしがってそれを猛烈に止めようとする。そしてイーサンの好きな相手は同性なのだが、このシーンには、カミングアウトもなければ、ステレオタイプ的な描かれ方もない。相手が同性であることは触れる必要がないくらい普通なこととして描かれており、このシーンは、純粋に“大好きな息子の好きな人が見たい親と思春期の子ども”のキュートなやりとりを描くために存在している。
“同性愛は社会における普通である”というこの姿勢は、イーサンが祖父のイェーガーに好きな相手の話をするシーンでも見られた。英語版では、このシーンで祖父のイェーガーは“その子は誰?”と尋ねるときに、相手が女の子だと前提した表現である“who is she?”ではなく、ジェンダーフリーな“who is it?”という表現を使う。わずか一単語の違いだが、このセリフには、セクシャリティやジェンダーに対して一方的な推測や刷り込みをせず、相手がどんな“人”なのかに重きを置くという、インクルーシブな社会が背景に強く感じられる。過去の作品だったら、「相手はどんな(女の)子(who is she)?」というセリフのあとに、「いや、実は男の子なんだよね」と続いたかもしれないが、そんな使い古しのやりとりは本作にはない。イェーガーは純粋に孫の好きな相手に興味を示し、恋バナで盛り上がるのだ。
ちなみに、このシーンに対して、一部では、“2世代も上のイェーガーが孫がLGBTQ+であることをすんなり受け入れたのは違和感があった”と批判する声もあるが、それは一点見落としている点がある。アヴァロニアでLGBTQ+が受け入れられるようになったのは最近だとは誰も言っていないのだ。イェーガーが“who is it”という表現を使った点や、イーサンと自然に会話を続けた点から考えると、アヴァロニアはずいぶん前から多様性が称えられていた国だったと受け取る方が自然ではないだろうか。
そして、本作におけるLGBTQ+のレプリゼンテーションを評価できるポイントはさらにある。この作品における冒険で、イーサンはめちゃくちゃ活躍している点だ。本作の主役は父サーチャーではあるが、イーサンこそ真の主役ではと言えるくらい旅の進展やチームの決断におけるキーパーソンとして活躍しているのだ。そしてそれは、LGBTQ+であることとは一切関係なく描かれている。例えば本作でイーサンのセクシャリティをストレートに変えたとしても、イーサンの魅力やストーリーにおける重要度はもちろんのこと、セリフも一切変わらないだろう。LGBTQ+のレプリゼンテーションをしっかり劇中に存在させながら、LGBTQ+であることに依存しないで素晴らしいストーリーをこのように描けたドン監督にはスタンディング・オベーションを与えたいと思う。
イーサンの母メリディアンを演じ、自身もLGBTQ+の子を持つ親であるガブリエル・ユニオンは本作におけるLGBTQ+のレプリゼンテーションについて、米Screen Rantにこう語った。「みんなノーマライズ(普通のこととする)という言葉をよく使いますが、実際に、(LGBGTQ+の存在は)ノーマルなんですよ。LGBTQ+コミュニティは存在しているのです。キャラクターみんながありのままでいられ、愛のなかで行動できる空間があるファミリーフレンドリーなアクション映画が存在することは非常に重要なのです」としたうえで、「この(作品の)家族は、世代ごとのゴタゴタに向き合っていて問題はあるけど、それぞれがありのままの自分でいられる空間は確保している美しい家族なんです。世界にはこのようなお手本が必要だと思います」と語った。
映画『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』は劇場公開中。(フロントロウ編集部)