急がれる法律関係者への教育
カナダで、法律関係者などにDV(家庭内暴力)やIPV(Intimate Partner Violence/親しいパートナーからの暴力)についての教育を受けることを求める法案が制定に向けて進められている。
通称キーラ法(Keira’s Law)と呼ばれる法案は、家庭裁判所の裁判官や判事、検察官、ソーシャルワーカーなど、判断に影響する立場の人々に、パートナーによる暴力や支配といったことに関する教育を受けさせることを目的としている。
11月30日には、オンタリオ州議会がキーラ法を定めるために協議を始める提議を全会一致で可決した。
キーラ法の発端となった事件
キーラ法が考えられたきっかけには、2020年に起こった事件がある。当時4歳だったキーラという子どもが、父親であるロビン・ブラウンとの面会中に連れ去られて死亡。キーラと父親の遺体は崖の下で見つかった。検視では事故か他殺かの判別はついていないが、キーラの母親であるジェニファー・カーガン医師は、親権で長らく裁判となっていた父親による無理心中だと見ている。
また、カーガン氏の夫で家族法を専門とするフィリップ・ビアター弁護士は、加CBCの取材で、「彼(ロビン)はキーラを少なくとも3度誘拐しています。裁判所の指示や、面会スケジュールが設定されているにもかかわらず、彼女を連れ去りました」と証言。ロビンに対して面会が制限される可能性があるという警告は出されていたという。
カーガン氏とビアター氏は、娘の死は法律関係者のなかで家庭内暴力への知識と理解がないことが根本的な問題だとして、キーラ法の制定実現のために活動している。加CHCHの取材でカーガン氏は、「証人席で家庭内暴力について説明しました。それは考慮されるはずでしたが、裁判官は、家庭内暴力は育児には関係ないと言いました。それは間違っています」と話した。
現場を見てきた人々の見解
カナダでは昨年2021年に離婚に関する法律が改正され、裁判官が親権や子どもの面会などについて判断する時に家庭内暴力の記録を考慮しなければいけないと決定された。キーラ法の法案は、それに続くもの。
カナダでDV被害者とシェルターを結ぶ活動を行なうNPO団体PATHSの役員であるJo-Anne Dusel氏は、CBCの取材で、「法改正を本当に効果のあるものにするためには、裁判官たちを訓練する必要があります」と話す。そして、家庭内暴力は加害者から離れられたら終わりではなく、その後にも大きなリスクが続くと語った。
「何が起こるかと言うと、暴力的なパートナーが配偶者という被害者へのアクセスを失ったことで、その人たちはもう1人の親に痛みを味わわせるために子どもを人質として使うのです。親しいパートナーには暴力的で虐待的でも、良い親にはなり得るというのは間違った推定です」
家庭内暴力が理解されないなかでの共同親権
さらにビアター弁護士は、家庭内暴力が理解されていないなかでの共同親権の危険性も指摘する。
カナダでは今年11月に父親のマイケル・ゴードン・ジャクソンが7歳の娘を誘拐する事件が起こった。その理由は、彼が娘に新型コロナウイルスのワクチンを接種させたくないというものだった。父親は過去にも複数の連れ去りを行なっており、さらに別の女性と、その女性との間に生まれた息子への嫌がらせでも罪に問われていた。そして、娘の母親にも身体的・精神的暴力をふるっており、母親はシェルターで数ヵ月暮らしていた。
マイケルが娘の母親と離婚したのは2019年のことで、裁判官は男の虐待的・支配的行動を特定していたが、最終的に共同親権を支持したと、ビアター弁護士はCBCに話した。
日本でも離婚後の共同親権導入について、パブリックコメント(意見公募)が始まっている。様々な意見があるなか、DV/ハラスメント加害者が共同親権を持つ可能性があることは大きな懸念事項とされている。ステークホルダーたちがDV/ハラスメントの実情を学び、共同親権を推進しているのは誰なのか、共同親権と単独親権のそれぞれの懸念点はどのようなものなのか、現状では離婚した人々がどのように子どもを養育している形があるのかといったこと、そして何より、子どもにとって最も良い成長環境になるためにどのような議論が重要なのかを丹念に検討する必要がある。
人が作った法律は必ずしも弱者を守らない。とくに、性暴力や家庭内暴力などの犯罪については、法律にも裁判官や弁護士にも偏見があることが長らく問題となってきた。だからこそ、法律に携わる人々の価値観のアップデートや、適切な法改正が重要となってくる。キーラ法はカナダの連邦議会でも審議が始まっている。連邦議会においては、連邦から任命された裁判官に訓練が施される。
(フロントロウ編集部)