『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』はマルチバースを超えて勃発した親子喧嘩の物語! でもなんだか、ほろりときてしまったり…。(フロントロウ編集部)

『エブエブ』を見る前に池田学の作品を見るべし?

 長編デビュー映画『スイス・アーミー・マン』によって一躍映画界で存在感を発揮したダニエル・クワンとダニエル・シャイナートからなる監督デュオのダニエルズによる6年ぶりの新作で、2作目となる『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が、各映画賞を席巻している。

 本作の主人公は、アメリカ移民の60代女性エヴリン。コインランドリーの経営や税金申告、反抗期の娘ジョイや夫ウェイモンドとの関係、父ゴンゴンの世話に追われる日々だったが、ある日いきなり“別のユニバースからきた”ウェイモンドに、自分は宇宙を救う救世主だと告げられる。しかも、宇宙を滅ぼすかもしれないのは、娘!? もちろん大混乱となったエヴリンだけど、マルチバースにジャンプしたことで覚醒! 壮大な戦いはどこへ向かうのか…。

 本作を一言で言い表すとしたら、多くの人がこの言葉を選ぶはず。「カオス」。

 どれだけカオスかというのは、ダニエルズが何にインスパイアされたかを聞けば一瞬で理解できる。2人はDANIEL DERCKSENによるインタビューで(またダニエルが増えた…)、エンディングについて画家の池田学による作品「興亡史(History of Rise and Fall)」にインスピレーションを得たと話している。

 ダニエルズのダニエル・クワンが、「彼は、それを見ると脳が痛めつけられるような作品を作っています。とても複雑で、とても緻密で、とても濃い作品なので。でも一歩引いてみると、“あぁ。木だったんだ”となるんです」と話す池田の作風。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』には、笑えるくらいにその複雑さや濃さ、つまりカオスと似た雰囲気がある。

画像: 『エブエブ』を見る前に池田学の作品を見るべし?

 クワンはこの物語について、「数えきれないほどのことが話せます」と言う。それほどのカオスは、簡単には理解できないし、多分、理解しなくても良いのだろう。また、すべてが理解できなくても、あの時こうしていたら?別の選択をしていたら?と考えたことがあるのは、全人類だといっても過言でないはず。その想像がどんどん枝分かれして広がっていく。

 カオスというのは、つまり可能性が無限ということなのかもしれない。

エヴリンの娘ジョイというエンパワメントを見逃してはいけない

 本作が勢いのある作品に仕上がっている理由の1つには、もちろん“選ばれしヒーロー”が“60代のアジア系女性で移民”のエヴリンであることがある。自分は普通の人間だと思っていたら、宇宙で唯一無二の選ばれしヒーローだったという物語は多いが、多くの人がそのストーリーを聞いて思い浮かべるのは男性だろう。

画像1: エヴリンの娘ジョイというエンパワメントを見逃してはいけない

 女性であり、しかも60代の移民であるエヴリンが主人公として描かれたことはかっこいい。しかし、じつは、エヴリンの娘であるジョイが世界を滅ぼしかねない絶対的巨大悪であることも、レプリゼンテーションの意味ではかなり重要で、そしてエンパワメントなことでは?

 女性がヒーローになれることは滅多にないのに、ステレオタイプに満ちた悪役になることは頻繁にあった(やれやれ)。そしてその多くに、魔女や妃といった年上、つまり若い女性を憎む女性像が設定されてきた。女性と女性を対立させようとする社会の問題が透けてみえる歴史だが、本作では見事にそこがひっくり返った!

画像2: エヴリンの娘ジョイというエンパワメントを見逃してはいけない

 世界を滅ぼそうとする巨大な敵が若い女の子であること。若い女性に世界を滅ぼそうとできるぐらいの力があって、大人に噛みついて、力を持っている姿が描かれたこと。じつはこれは、無意識にエンパワメントな表現設定だったのではないだろうか。これこそが、カオスの力か…。

優しさを失わないという闘い

 そして最後に、ウェイモンドの闘いには、ぐっとくるものがあった。それは、優しさを失わないという闘い。

 きびきびと働き、様々な責任を抱えているエヴリンにとって、ウェイモンドは頼りないかもしれないし、イラつく原因の1つかもしれない。それは仕方のないこと。

画像: 優しさを失わないという闘い

 でも、イヴリンを支えるウェイモンドが、そばでサポートしてくれようとしていること。いつもそこにいてくれていること。そしてそれは、彼が自然に出来ていることではなく、しようと思って努力して行なっていることだということ。

 優しくいることが簡単でないことを、私たちは分かっているはずだ。だって、怒ってしまったほうが簡単だし、だから世の中にはパワハラもこんなに起こっている。つまり、優しさは最も困難な闘いの1つだ。

 多くの時に、人は相手の優しさに甘えてしまう。でも、その人も優しさで闘っていることを忘れてはいけないのだ。

(フロントロウ編集部)

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