マルチバースでカオスな『エブエブ』
これでもかというほど、今年度の映画賞を総なめにしている『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(通称エブエブ)』。意味は、「すべての物、すべての場所が一気に」というもので、そのタイトルどおり、マルチバースのカオスが特徴となっている。
アメリカに住む移民の60代女性エヴリンが、ある日“別のユニバースからきた”夫のウェイモンドに、自分は宇宙を救う救世主だと告げられる。しかも、宇宙を滅ぼすかもしれないのは娘! 大混乱となったエヴリンだけど、マルチバースにジャンプしたことで覚醒し、カオスな戦いが進んでいく…!
ほとんどの登場人物がアジア系であることや、それでいて高い評価と興行成績を記録ことは本作の功績だが、それが実現できたのは、なによりもストーリーが良いということ。「カオス」と表現するにふさわしい本作だが、どこかまとまりがあり、最後にはほろっときてしまう。
ダニエルズをインスパイアしたのは1つの「絵」
しかし、本作は監督たちにとってもまとめるのが難しいと感じるものだったよう。ダニエル・クワンとダニエル・シャイナートからなる監督デュオのダニエルズは、前作『スイス・アーミー・マン』でダニエル・ラドクリフに“死体”を演じさせ、こちらもまた混乱する映画として人気だ。そんな作品を作った監督たちでさえ、『エブエブ』を作っている時には要素が多すぎると感じていたという。
しかし、2人のインスピレーションとなったものを考えると、本作が多くの要素から成り立っており、しかし1つの作品としてまとまりを成していることに納得できる。彼らのオフィスには、ある1つの絵が飾られているという。それは、画家の池田学による『興亡史(History of Rise and Fall)』。
池田学は丸ペンとカラーインクを用い、近くで見ると非常に多くの小さな要素が描かれているが、遠くから見るとそれが1つの大きな絵であるという、緻密で大胆な作風で知られる。『興亡史』は彼が初めて「日本」をテーマにした作品で、城が積み重なり、そのなかで侍が戦っていたり、人工物が挟まっていたり、環境破壊が結果として天災となり人間界に影響する様子があったりする。そして遠くから見ると、それは1つの大きな岩のような姿になっている。
ダニエル・クワンは彼の作品について、DANIEL DERCKSENによるインタビューで、「彼は、それを見ると脳が痛めつけられるような作品を作っています。とても複雑で、とても緻密で、とても濃い作品なので。でも一歩引いてみると、“あぁ。木だったんだ”となるんです」と語る。
『エブエブ』を見た観客の感想は、池田学作品に対するダニエルの感想に似ているはず。そして監督は、自身の作品について「数えきれないほどのことが話せます」と言う。それぐらい要素の多い作品は、見る前に、それは池田学スタイルだと知っておくと理解がしやすいかもしれない。
(フロントロウ編集部)