1986年のブダペスト。8万人の前でクイーンが歌ったのは、自分たちのヒット曲だけではなかった。フレディ・マーキュリーが手の甲に発音記号で書きつけていたのは、ハンガリーの伝統民謡の歌詞だった。その夜を35mmフィルムで記録した『クイーン:ブダペスト』が4Kで蘇り、10月7日から日本の映画館にかかる。(フロントロウ編集部)
西側のロックバンドが、初めて「鉄のカーテン」の向こうに立った
配給のカルチュアヴィルによると、『クイーン:ブダペスト』は10月7日(水)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国で特別劇場公開される。同日にはTOHOシネマズ 新宿とTOHOシネマズ 名古屋栄でIMAX特別先行上映が行われ、ドルビーアトモス上映も実施される。多くの劇場は10月7日と10月10日の2日間限定で、日比谷や新宿など一部の劇場のみ10月15日まで続く。鑑賞料金は3,000円一律だ。
撮影は1986年7月27日、「ザ・マジック・ツアー」の途中で立ち寄ったブダペストのネープシュタディオンで行なわれた。当時のハンガリーはまだ共産主義体制の下にあり、クイーンはそこでライブを行なった最初の西側ロックバンドとなった。チケット8万枚は完売し、それでも入りきらなかった推定4万5,000人が会場の外で音に耳を傾けた。なかにはロシアやポーランドといった遠方から駆けつけたファンもいたという。
記録の体制も尋常ではない。ハンガリー最高峰の撮影監督17名が、17台のカメラと約40kmぶんの35mm映画用フィルムを使って撮影した。この40kmは、当時その国で手に入るフィルムのすべてだった。撮影全般は、共産主義国家としては初となる政府公認のもとで行なわれている。

ブライアン・メイは、この日をこう振り返る。
「何年もの間、『鉄のカーテン』の向こう側にいるファンは、クイーンの音楽を違法なカセットテープでしか聴くことができませんでした。私たちのようなロックバンドを聴くことは禁じられていたため、ライブでプレイするのを見るなんて考えることもできませんでした」
「彼らがついに私たちのライブを直接見に来て、交流できたこのコンサートは、彼らにとっても、そして私たちにとっても、非常にエモーショナルな瞬間でした。あのようなイベントは二度とないでしょう」
手の甲に書かれていたのは、ハンガリー民謡の歌詞だった
ブライアンが「一番思い出深いハイライト」に挙げたのは、ヒット曲ではない。この日のためにフレディと彼が覚えた、ハンガリー民謡「Tavaszi Szél Vizet Áraszt」のアコースティック演奏だ。「誰もが涙を流していました」と彼は言う。
ロジャー・テイラーが覚えていたのは、その裏側だった。
「フレディがこの民謡を覚えようとしていたのを覚えています。彼は手の甲に発音記号で歌詞を書いていたんです。観客が一緒に歌い始めたとき、音楽は本当に素晴らしい力になり得るのだと実感しました」
「音楽は政治や政治的隔たりを超越できると信じるのが大好きでしたし、観客をショーに引き込み、その一部になってもらうことは私たちの理念のようなものでした」とロジャーは続けている。ステージから客席へ手を伸ばす、というクイーンのやり方が、たまたま国境の上で起きた夜だった。
この公演のあと、クイーンが行なったコンサートはわずか5回。1986年8月9日、イングランドのネブワース・パークでの公演をもって、フレディを擁するクイーンのツアーは終わった。『クイーン:ブダペスト』は、フレディがいたバンドの、映像に残された最後のライブパフォーマンスということになる。
ピーター・ジャクソンのチームが、35mmを4Kに
修復を手がけたのは、ピーター・ジャクソン監督が擁するニュージーランドの「パーク・ロード・ポスト・プロダクション」。オリジナルの35mmフィルムから4Kへ精密に修復・リマスターし、音はオリジナルのマルチトラック録音から新たにリミックスされた。オリジナルネガの4Kデジタル化そのものは、1986年から素材を保管してきたブダペストのハンガリー国立映画機関のフィルムラボが担当している。
「長年のクイーンファンとして、パーク・ロード・ポストにブダペスト・コンサートの映像修復を依頼されたときは感無量でした」とジャクソンはコメントし、「They will rock you!!!」と締めくくった。ブライアンも「映像は完璧で、そのクオリティには息をのむほどです」と話している。
収録されるのは「We Will Rock You」「We Are The Champions」「A Kind Of Magic」「Crazy Little Thing Called Love」「Under Pressure」「Who Wants To Live Forever」「Hammer To Fall」「Bohemian Rhapsody」といった代表曲に、前述のハンガリー民謡、そして映像と音を新たに向上させた「Radio Ga Ga」など。
なお、この編集版は1986年12月に中国、ポーランド、チェコスロバキア、東ドイツ、ユーゴスラビア、モンゴルを含む共産圏全域で放送され、1987年の元日にはハンガリー国内59箇所の映画館で上映された。西側のロックアーティストとしては、これも初めてのことだった。
4Kリマスター版のワールドプレミアは9月15日、ハンガリー国立映画巡回展が主催する「ブダペスト・クラシックス・フィルム・マラソン」で。UKプレミアは9月30日にロンドンで予定されている。パッケージは10月30日にソニーミュージックからリリースされ、ブルーレイ、DVD、2CD、デジタル配信に加えて、初となる3枚組アナログLPも用意される。

フレディ・マーキュリーの生誕80周年、クイーン結成55周年、そしてこのコンサートから40周年。三つの節目が重なった年に、あの夜がスクリーンに戻ってくる。

















