海外では大統領にでも文句を言う
ここ数年セレブ界からは様々な政治的発言が飛び出している。ジャスティン・ビーバーがツイッターでドナルド・トランプ米大統領の移民政策を批判し、テイラー・スウィフトがLGBTQ+への差別を防止する平等法を可決するよう議員に求める手紙をインスタグラムに掲載し、アリアナ・グランデほか多数のセレブが次のアメリカ大統領選に向けて支持する候補者を公表し、NFLスーパーボウルのハーフタイムショーの生放送ではジェニファー・ロペスが現政権の移民政策を批判する演出を取り入れた。
大統領のツイッターアカウントに批判を込めたツイートを送るセレブも多く、マーベルのキャプテン・アメリカ役で知られる俳優のクリス・エヴァンスはある時にはトランプ大統領のアカウントをタグづけし、「アメリカ史上最低な大統領として歴史に残るだろう」とツイート。こういったツイートは大統領自身の目に入ることもあるようで、トランプ大統領の批判をツイートし続けたホラー小説の巨匠スティーヴン・キングは2017年にトランプ大統領からツイッターでブロックされたことを告白した。
もちろん、すべての人がそんなセレブの政治的発言を喜ぶわけではない。セレブが政治的な考えや社会問題についての意見を表明するたびに、SNSには誹謗中傷が書き込まれる。その中には「本業に徹してろ」「歌だけ歌っていればいい」といった言葉もあるけれど、これについてはシンガーのアリアナ・グランデが米Elleでこう語っている。「何を言っても雑音はある。でも(社会的な問題について)自分の意見を言わないなら、ここにいる意味なくない?全員が同意するわけじゃない。でもだからと言って、私は黙って歌だけ歌っているなんてことはしない」。
政治的発言を「しない」ことがバッシングの理由に
欧米では逆に、政治的な発言を“しない”ことで炎上する場合がある。その代表的な例が、世界で最も稼ぐシンガーの1人であるテイラー・スウィフト。
テイラーは10代の頃から政治的発言はしないポリシーを貫き、その結果、2014年にフェイスブックが発表したデータでは、アメリカの2大政党である民主党と共和党の両方の支持者から最も中立的に支持(いいね)されている若手アーティストであることがわかった。
しかし、グラミー賞の受賞や全米チャートでの記録の数が増えてキャリアアップするなかで、「その影響力を活用して政治的発言をするべきだ」という声は徐々に大きくなり、多くのセレブが反ドナルド・トランプ氏を表明した2016年のアメリカ大統領選挙でそのボルテージはピークに。アメリカのグーグルトレンドによると、11月の投票日には「テイラー・スウィフトは誰に投票する」が最も検索されたフレーズの一つだった。しかしテイラーは最後まで支持政党を明かさず、その結果、SNSではトランプ氏の支持者から「政治的に中立でいてくれてありがとう」という意見があった一方、「テイラー・スウィフトが投票日に沈黙を貫いたことが信じられない」「フェミニストだというテイラー・スウィフトは、何も言わず、大群の白人のファンを動かさなかった」と、インスタグラムだけで1億人以上のフォロワーがいるテイラーがその影響力を使わなかったことに対する批判が噴出した。
テイラーが頑なに政治的発言を控えてきたのは、ディクシー・チックスの教訓があったから。ディクシー・チックスは、10以上のグラミー賞受賞歴がある女性3人組のカントリーミュージック・グループ。1990〜2000年代にはアメリカで最も売れているカントリーグループだったものの、2003年に、カントリーミュジックのファンに広く支持されていたジョージ・W・ブッシュ米大統領がイラク侵攻を決めたことを受けて「(大統領が自分と同じく)テキサス出身であることが恥ずかしい」と公演で発言したことで大規模な不買運動が勃発。ラジオでブラックリスト入りし、カントリー界最大の祭典アメリカン・カントリー・ミュージック・アワードではブーイングを受け、カントリー界のトップから急落した。
それ以降、カントリー界では政治的発言に関しては“ディクシー・チックスのようになるな”が掟となり、それは、カントリー畑出身のテイラーも同じ。2020年のドキュメンタリー『ミス・アメリカーナ』では、ディクシー・チックスの一件が、政治的発言をしないというポリシーに強く影響したことをテイラー本人が認めている。
そんなテイラーは、29歳になる直前の2018年10月に、政治的発言を解禁。インスタグラムで突如として、11月に行われる中間選挙で民主党候補者への支持を表明。共和党候補者を差別的だと批判した投稿は広く称賛された一方、共和党支持者からは「彼女のキャリアは終わった」「分かってもいないのに発言している」などと大バッシングが。2012年にテイラーについて「最高」とツイートしていたトランプ大統領は、「テイラー・スウィフトの曲を25%嫌いになった」と発言した。
ただ、そんな批判を受けたテイラーは、トーンダウンするどころか逆にパワーアップ。2019年には、LGBTQ+コミュニティを称賛した曲「ユー・ニード・トゥ・カーム・ダウン」、架空の高校を舞台に現在のアメリカの政治について歌った「ミス・アメリカーナ&ザ・ハートブレイク・プリンス」、米中間選挙での経験を綴った「オンリー・ザ・ヤング」など、キャリア最大に政治的メッセージを含んだアルバム『ラヴァー』をリリース。ディクシー・チックスとのコラボ曲「スーン・ユール・ゲット・ベター」も収録された同アルバムは、米アルバムチャートで初登場1位を獲得した。
ちなみにドキュメンタリー『ミス・アメリカーナ』では、テイラーが政治的発言をすることに反対する父やチームを涙ながらに説得しようとするシーンがある。彼女の願いは、自分の信じるもののために立ち上がり、混乱するアメリカ社会に少しでも貢献すること。テイラーが初の政治的発言で支持した民主党候補は敗北してしまったけれど、発言からわずか24時間以内に、投票の際に必要となる有権者登録サービスなどをオンライン提供している非営利団体の「Vote.org」に6万5千件もの新規有権者登録があったことが後に判明。同サイトでの9月の月間新規登録者数が19万人余り、8月が5万6千人ほどだったことからも、テイラーの政治的発言が社会にどれだけの影響を与えたかがわかる。
デジタル化で「炎上」に強くなったセレブたち
ハリウッドセレブの政治や社会問題に対する積極的な姿勢を見て、「なぜセレブは発言することを恐れないのか?」と疑問を持つ人は少なくないはず。
そもそもハリウッドには昔から、「話題になることに悪はない(there’s no such thing as bad publicity)」というPR方針がある。このPR方法が正しいかどうかは賛否両論あるけれど、“著名人にとって唯一の悪は話題にならないことであるため、例えスキャンダルであっても話題になっているならばPR的には良い”というこの考えがバックボーンにあるハリウッドセレブは批判に強い。
さらに、デジタル化が進んでいることもセレブの政治的発言のしやすさを後押ししている。SNSで気軽に発言ができるという点もそうだけれど、もしも発言が炎上しても、ひと昔前と違って“完全に干される”心配が減っているから。今や情報は個人が発信できる時代。ディクシー・チックスは2000年代に政治的発言のせいでテレビやラジオから干されたけれど、あれが現代だったら、ラジオの代わりにYouTubeやSpotifyで曲を聴いてもらい、テレビや雑誌でのインタビューの代わりにインスタグラムのライブ配信でファンの質問に答え、第一線で音楽活動を続けていたかもしれない。
また、保守派とされる「共和党」とリベラル派と言われる「民主党」の2大政党であるアメリカでは、異なる政治思想を持つ人の溝や嫌悪感がどんどん大きくなっていることを多くの専門家が認めており、その結果、反対の意見を持つ人の間で炎上すればするほど、同じ意見を持つ人に味方されるという、 “捨てる神あれば拾う神あり状態”になっている。例えば、NFL選手のコリン・キャパニックが黒人に対する人種差別に抗議するために試合での国歌斉唱中の起立を拒否した件では、72%の民主党支持者が彼の行動を支持し、88%の共和党支持者が反対すると米NBCの調査に答えた。共和党を率いるトランプ大統領が解雇を求めるほどの大問題となった結果、コリンは2016年にフリーエージェントになってからどのチームとも契約に至ることなく、NFLからの事実上の追放処分を受けた。しかし一方で彼の行動を支持した人たちからの人気は上昇し、2019年にはスポーツブランドのNikeと億クラスの広告契約を獲得。彼がNikeからリリースしたスニーカーは北米ではわずか数分で完売した。
このように、海外セレブが炎上に強い理由は多くある。しかしやはり、セレブが批判を恐れず政治や社会問題について積極的に発言する最大の理由は、自身が持つ影響力を活用する社会的責任があるという使命感。ツイッターやインタビューで政治や社会問題に切り込むことが多いリアーナは常々インタビューでこう語っている。「私はいつも自分の信じるもののために立ち上がる」。(フロントロウ 編集部)