無実の黒人や武器を持たない黒人が、白人警官によって殺され続けている。現在、黒人コミュニティが存在する各国で「Black Lives Matter(ブラック・ライヴズ・マター)」が叫ばれているけれど、その意味って? そして、なぜアメリカでは市民を殺した警官が逮捕されないの? 疑問を解説。(フロントロウ編集部)

長い歴史がある黒人差別

 日本を含む各国に、他国の植民地化や奴隷制の暗い歴史があるけれど、アメリカでは白人による黒人を対象とした奴隷制度があった。アメリカに建つ多くの建築物は黒人奴隷によって建てられており、アメリカ政府の中枢で大統領家族が住むホワイトハウスや、国会議事堂、ハーバード大学法学院などの建物は奴隷なしには完成していない。

 今から159年前の1861年に奴隷制度をめぐって国内で南北戦争が勃発したけれど黒人差別は長らく改善されず、今から70年前の1950年代から60年代にかけて、キング牧師ことマーティン・ルーサー・キング氏やマルコム・Xなど、複数の黒人リーダーがそのコミュニティのために立ち上がり、公民権運動を率いた。

画像: キング牧師(左)とマルコム・X(右)

キング牧師(左)とマルコム・X(右)

 しかし、当時の人が想像した近未来ともいえる2020年現在もなおヘイトクライム(※)は多発しており、多くの黒人が白人によって殺されている。米Mapping Police Violenceのデータによると、2019年の1年間に警察によって殺された黒人は約264人。また、警察官によって殺される可能性は、黒人であるだけで白人より3倍も高い。そのため、現代でもなお黒人コミュニティでは、子どもたちに幼少期から警察の前では手をあげ、名前を言い、武器を持っていないことを証明するよう教えている家庭は多い。
※人種、民族、宗教、性的指向などに対する偏見や一方的な憎悪が原因で引き起こされる犯罪。

米Cutによる動画『Black Parents Explain | How to Deal with the Police(黒人の両親が教える:警察にどう対応するか)』。

 とはいえ、先人たちが闘って手に入れた黒人の権利は、バラク・オバマ氏が黒人として初めて第44代大統領になることにも繋がり、妻のミシェル・オバマ氏は2016年に、ニューヨーク市立大学シティカレッジの卒業生へ向けて、黒人史を振り返りながらこうスピーチしている。

 「毎朝、黒人奴隷によって建てられた建物で起き、2人の美しい黒人の幼い娘が、彼女たちの父親であるアメリカ大統領に手を振りながら学校へ向かうのを見届けています」

画像: 右からミシェル・オバマ氏、バラク・オバマ氏、そして2人の娘。

右からミシェル・オバマ氏、バラク・オバマ氏、そして2人の娘。

 しかしオバマ前大統領の退任にあたり、2017年より大統領に就任したドナルド・トランプ大統領は、様々な差別発言を繰り返しており、ツイッターから暴力を煽動しているとして警告された、Black Lives Matter運動に対するツイート「When The Looting Starts, The Shooting Starts(略奪が始まれば、銃撃を始める)」は、公民権運動の時代に黒人を抑圧した警察が使用したフレーズを引用したもの。

 国の最高権力ともいえる大統領が差別発言を繰り返すことの社会への影響は大きく、ジョージア州アトランタ市長で、自身も黒人であるケイシャ・ランス・ボトムズ氏はこう非難している。

 「ホワイトハウスが様々な方法で、巧みな言葉を発言するのを聞いてきました。多くの人種差別主義者は、差別をあからさまにして良いと許可されたのでしょう。それ(許可)がなければ、2020年のこの時に、私達は(このような人種差別を)見なくて良かったはずです」

画像: 長い歴史がある黒人差別

Black Lives Matter運動はいつ起こった?

 2020年に入り、すでに複数名の黒人が白人警官によって殺されている。2月に25歳の黒人青年アマード・アーベリーが元警察官の白人である父とその息子に射殺され、さらにその後3月には26歳のブリオナ・テイラーが、そして5月には46歳のジョージ・フロイドが警察に殺された。

 ジョギング中に車で追われて射殺されたアーベリー氏の犯人が逮捕されるまでに2ヵ月以上がかかり、“手違いで”就寝中のテイラー氏に少なくとも8回発砲した警察官3名は有給での休職処分で済まされ、フロイド氏を殺害した現場にいた警察官4名のうち1名だけが逮捕・起訴されている(2020年6月3日現在)。黒人であるだけでその命が軽視された彼らのための正義が果たされないことには、多くの人々が怒りを表明しており、5月の終わりには各地で大規模なデモが発生。その際に叫ばれたのが、「Black Lives Matter(ブラック・ライヴズ・マター)」


きっかけは17歳の少年の射殺事件

 「黒人の命にも価値がある」という意味のこの言葉が生まれるきっかけとなったのが、2012年に起きたトレイボン・マーティン射殺事件。当時17歳だった黒人のトレイボン・マーティン少年は、地元の自警団ボランティアだった当時28歳のヒスパニック系アメリカ人であるジョージ・ジマーマンによって射殺された。17歳だった少年は武器など持っておらず、現場にはアイスティーとお菓子などだけがあった。

画像: 抗議デモでトレイボン・マーティン少年の写真を掲げる市民。(2012年にニューヨークで撮影)

抗議デモでトレイボン・マーティン少年の写真を掲げる市民。(2012年にニューヨークで撮影)

 ジマーマンは少年がショップを強盗したと思い込み、わざわざ後を追跡。つきまとうジマーマンとマーティン少年は口論になり、ジマーマンは少年を射殺した。ジマーマンは第2級殺人に問われたものの、2013年に無罪判決が出される結果に。男が当初逮捕されなかったこと、さらに無罪判決が出されたことで、今に繋がるBlack Lives Matter運動に発展した。

 ちなみに、ジマーマンは少年を射殺した際に使用した拳銃を、「アメリカ史の一部を所有する機会」だと言って2016年にオークションに出品した。


2014年にも白人警官による黒人殺害が多発

 また残念なことに、2012年から今年2020年までの8年間にも同様の事件が多数起こっており、射殺や窒息死などで多くの非武装の黒人が警察の手によって命を落としてきた。2014年には、7月にエリック・ガーナー(43)窒息死事件、8月にマイケル・ブラウン(18)射殺事件、10月にラクアン・マクドナルド(17)射殺事件が立て続けに発生し、Black Lives Matterがふたたび大きく叫ばれることとなった。

 ガーナー氏を殺害した警官は罪に問われず、2019年に懲戒免職処分となるまで警官として働き続けた。ブラウン青年に発砲した警官は、不起訴となっている。マクドナルド少年を撃った警官は、事件発生から1年後の2015年に起訴され、2018年に検察が求めていた第一級殺人ではなく第二級殺人で有罪が確定。求刑禁固18年から20年だったが、2019年に禁固6年9ヵ月の実刑判決が言い渡された。


白人警官は黒人に偏見がある

 警察による黒人差別は、最近ではレイシャル・プロファイリングという言葉で問題になっている。これは、警察が個人の行動を見て判断せず、その人物の人種や宗教などによって先入観を持ち、疑いを持った目で見ることで、偏った層に対する捜査が行なわれることを指す。例えば、車に乗っていただけにもかかわらず、黒人であるだけで疑われるというもの。

画像: エリック・ガーナーを殺害した警官が不起訴となったことを受けて発生した抗議デモ。(2014年にフィラデルフィアで撮影)

エリック・ガーナーを殺害した警官が不起訴となったことを受けて発生した抗議デモ。(2014年にフィラデルフィアで撮影)

 これを表すように、アメリカ合衆国司法省の2015年の発表によると、先述のブラウン青年が住んでいたミズーリ州ファーガソンでは住民2万1,000人のうち、なんと1万6,000人に逮捕状が出され、その96%が黒人だった。ファーガソンの人口比率は、黒人が69.9%、白人が23.7%なので、大きな差異が確認できる。

 また、一般市民のあいだではそんな“黒人の方が疑われやすい”という差別を逆手に取った行動をとる者も出ており、2020年5月24日には、自閉症の息子を殺したのは黒人2人だと主張した母親が、息子殺害の真犯人だったことが明らかになっている。5月26日には、白人が「黒人に脅された」と警察に通報したが、その内容は、犬に首輪をつけてほしいと言われただけだったと明らかになった。5月27日には、モーテルで浮気をした白人教師が、モーテルにいたのは黒人2人に誘拐されたからだと警察に嘘の通報をした。

 これらは、たったの3日間で起こったこと。白人の真犯人が、犯人は黒人だと主張したり、自分の気分を害されただけで警察に通報したりすることは過去に数えられないほど発生している。


警官はなぜすぐ暴力的になるのか?

 そもそもアメリカでは、人種にかかわらず警察官の対応によって命を落としている人が多く、その数は1年間で約1,000人。しかし他の国、例えばイギリスでは、10年間で23人である。

 Police Executive Research Forumによると、2015年時点で警察官が受ける「衝突の段階的緩和」に関する訓練はたったの8時間なのに対し、「武器及び戦闘」に関する訓練は129時間にのぼる。

画像: ジョージ・フロイドの死を受けて発生した抗議デモで、市民と対立する警察。(2020年5月にロサンゼルスで撮影)

ジョージ・フロイドの死を受けて発生した抗議デモで、市民と対立する警察。(2020年5月にロサンゼルスで撮影)

 また、自身も警官として勤務経験を約10年持ち、現在はサウス・カロライナ大学に所属する法律学セス・ストートン教授によると、アメリカの警察では「“瞬時に”行動できなければいけない。反応するのではなく、“行動”できなければいけない」と訓練されるという。

 Netflixシリーズ『ハサンミンハジ:愛国者として物申す』でこう話したストートン教授は、さらに警察学校で教えられたという訓練を紹介。それは、手で銃の形を作り、相手が「バン」と言うより先に相手を撃たなければいけないルールの訓練。もちろんそのような状況では、相手がポケットに手を入れているだけで、警戒心がかなり高まる。この訓練の目的は、“躊躇をなくす”こと、つまり相手を拳銃で撃つことに躊躇をなくすことだという。

 警察官相手のセミナーを行なう陸軍中佐デイヴ・グロスマンは、「君たちは暴力と闘う。なにを持って闘う?さらに上級の暴力、正義の暴力だろう?」と発言し、問題視された。こういった教育が、アメリカ警察が市民を“守る”のではなく“恐れさせる”姿勢に繋がっていると考えられており、結果的に市民の死の原因の一部となっていると考えられている。

 Black Lives Matterのプロテスト中に、突然市民に向けて拳銃を向けた警察官。


なぜ警官は逮捕されない?

 黒人が一方的に殺害される事件では、黒人の命が軽視されているという問題の他に、こんな疑問も浮かびやすい。なぜ罪を犯した警官は逮捕されず、罪を問われることもないのか? 米Mapping Police Violenceによると、2013年から2019年に起こった警察による死亡事件のうち、なんと99%が罪に問われていない。『ハサンミンハジ:愛国者として物申す』のシーズン4エピソード6では、警察システム自体に潜む問題にも迫った。

 まず、警察には限定的免責と呼ばれる権利があり、被害者が警官による被害を訴えても、その警官が被害者の「明確に定められた権利」を侵害していない限り、どのような権利を侵害したのかという似た前例がなければ認められない。例えば過去には、犬を撃つために白人警官が放った銃弾が、近くにいた白人少年の脚に当たってしまった事件が発生し、少年の家族は警官を訴える構えを取ったけれど、「犬を撃とうとした際に少年に当たってしまったという前例」がなかったため、訴えは棄却された。

画像: Black Lives Matterの抗議デモで、市民を逮捕する警官。(2020年6月3日にニューヨークで撮影)

Black Lives Matterの抗議デモで、市民を逮捕する警官。(2020年6月3日にニューヨークで撮影)

 これだけでも十分に問題とみなされているけれど、さらに、そんな前例を探そうにも警察官の犯罪記録は機密情報として扱われており、外部から確認ができない。カリフォルニア州では、警察官に関する記録を公にする法案が可決されたが、今度はその資料を燃やすことが許可されるというまさかの事態が発生した。

 また、警察組合の存在も問題視されている。組合員、つまり警察官の権利を守るために動く警察組合は、警察官の犯罪記録を一定期間の後消去するといった協定を各関連団体と結んでいることもある。さらに、組合内での協定を法律化することも可能で、これまでに各州でこのような法律を作っている。

・殺人を犯した警官の有給休暇
・匿名の通報の捜査禁止
・暴力的な警官のアイデンティを匿名に

 そして、ジョージタウン大学のマイケル・エリック・ダイソン教授は、『ハサンミンハジ:愛国者として物申す』のインタビューで警察と検察の癒着も指摘する。警察官が犯罪を行なった時、その警察官を起訴するのは検察。しかし、その起訴のために必要な証拠や証言を得るためには、警察の協力が必要になる。持ちつ持たれつになってしまうので、検察も警察に強く出られなかったり、警察が検察に賄賂を渡したりするという問題があるという。

 このような多くの要因から、Black Lives Matter(ブラック・ライヴズ・マター)運動に賛同する人々は、過去の事件に関わった警察官だけでなく、警察および社会の構造そのものの改善を求めている。シンガーのアリアナ・グランデは、「特定の警察官だけを逮捕することだけが正義じゃない。これを許してしまった体制を解体させることこそが正義」とコメントし、抗議デモに参加した。(フロントロウ編集部)

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 ※一部情報に誤りがあったため、修正致しました。

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