ハル・ベリー、トランスジェンダーを演じると明かして批判殺到
映画『チョコレート』(2002年日本公開)での演技が高く評価され、アフリカ系アメリカ人として初めてアカデミー賞の主演女優賞を獲得したことでも知られる俳優のハル・ベリーは、インスタグラムライブで行なったセレブ御用達ヘアスタイリストのクリスティン・ブラウンとのリモート対談中に、次の作品で“トランスジェンダーの男性”を演じる可能性に言及。しかし、これに、世間から大きな批判が寄せられた。
クリスティンとの会話のなかで、「この作品は、トランスジェンダーである女性の物語で、彼女は男性へと性転換する女性なの。彼女は、私が今後参加するかもしれない作品のなかですごく気に入っているキャラクター」と、語ったハル。
繰り返すが、彼女が演じる可能性があったキャラクターは、生まれ持った心は男性だが、身体は女性であり、心と体の性別を一致させるために性別適合を行なう“トランスジェンダー男性”。
それにもかかわらず、ハルは、このキャラクターについて、本来ならば「He/ Him(彼)」という代名詞を使って語るべきところを、「She/ Her(彼女)」という女性用の代名詞を使って話し続け、さらに、「女性に関する物語を伝えることは私にとってとても重要。これは男性へと変化を遂げる女性の物語。一体なぜなのか、どうやったのか、理解したい」、「この女性がどんな人物だったのかにすごく興味を持ってる」などと、彼女が参加を視野に入れている作品は、“女性の物語である”と一貫して言い続けた。
「ストレート・ウォッシング」に反対する声
「これは私の次のプロジェクトになると思う。髪をぜんぶカットしないとね」と意気込みを語ったハルだったが、トランスジェンダー男性を“女性”だと言い続け、さらに、“男性への性転換=髪を短く切る事”という短絡的でステレオタイプ的な表現を半ばジョーク交じりに口にしたハルの誤った認識には非難が殺到。
ハリウッドでは、近年、性的マイノリティであるLGBTQ+のキャラクターをストレートの役者が演じる「ストレート・ウォッシング」が問題視されているが、ハルのように身体的な性別と自分で認識している性別が一致している「シスジェンダー」の役者がトランスジェンダーの役を演じるというのもこれに該当する。
ストレート・ウォッシングへの反発に、ハルの認識のズレや理解不足を感じさせる発言の数々を問題視する声も相まって、「彼女はトランスジェンダー男性のキャラクターを演じるべきではない」、「実際にトランスジェンダー男性である役者にその役を渡すべきだ」といった主旨の意見が多く上がった。
「ストレート・ウォッシング」の何が問題?
シスジェンダーやストレートの役者がLGBTQ+のキャラクターを演じること、すなわち「ストレート・ウォッシング」の何がそんなに問題なのかと、疑問に思う人は少なくないかもしれない。
シスジェンダーの役者がトランスジェンダーの役を演じることに焦点を当てて言えば、その問題は大きく分けて2つある。
<1>トランスジェンダーたちの数少ない活躍の場を横取りしてしまう
まず1つ目は、多様性や包括性が叫ばれるようになった近年のハリウッドを始めとするエンターテイメント業界だが、まだまだトランスジェンダーが主役やメインキャラクターの役を貰えるチャンスは少なく、シスジェンダーの役者がトランスジェンダーの役を奪ってしまっては、ますますそのチャンスが減ってしまうということ。
アメリカ国内におけるLGBTQ+の人々のイメージに関するメディアモニタリングを行っている非政府組織GLAADが発表したレポートによると、2019年から2020年にかけて米大手テレビ局5社(※1)がプライムタイム(※2)に放送しているドラマシリーズに登場する合計879人のレギュラーキャラクターのうち、LGBTQ+の役柄は全体の10%にあたる90人。
この数字は、前年に引き続き、歴代の記録を更新するものだが、それでも、まだまだ足りず、映画に関しても同様の傾向がある。
<2> 世間に誤ったイメージを植え付ける
そして2つ目は、シスジェンダーの役者がトランスジェンダーを演じることにより、世間に「トランスジェンダーの人たちは、ただ異性の格好をするのを楽しんでいるだけ」といった誤ったイメージを植え付けてしまう恐れがあること。
トランスジェンダー女性で俳優として活躍するジェン・リチャーズは、米Netflixで配信中のホワイト・ウォッシングの問題点等にフォーカスしたドキュメンタリー番組『ディスクロージャー(Disclosure)』の中でこう発言。
「多くの人々は、トランスジェンダーの女性は髪を美しく整えてメイクをして、コスチュームを着た男性だと思っています。そういった思い違いは、スクリーンで男性の役者がトランスジェンダー女性を演じるたびに、強化されてしまいます」。
さらにジェンは、「シスジェンダーの男性がトランス女性を演じることは、トランスジェンダー女性に対する暴力と直結してしまうと、私は考えています」と、人々の誤った認識が、アメリカ国内で増加しているトランスジェンダー女性に対する暴力行為に繋がる可能性も危惧している。
「私が思うに、男性がトランスジェンダー女性を殺害するに至ってしまう理由の一部には、トランスジェンダー女性と付き合うことで、ほかの男性たちから自分が同性愛者であると疑われ、批判されることを恐れているというのがあるのではないでしょうか。そういった男性たちは、メディアからの情報でしかトランスジェンダー女性を知りません。しかも、彼らが目にするのは、有名な男性の役者が演じているトランスジェンダー女性なのです」。
シスジェンダーの男性の役者がトランスジェンダー女性の役柄を演じたケースでは、近年では、映画『ダラス・バイヤーズクラブ』(2014年日本公開)で俳優のジャレッド・レトがトランスジェンダー女性のレイヨンを演じてアカデミー賞やゴールデングローブ賞の助演俳優賞を受賞。
映画『リリーのすべて』(2016年日本公開)では、俳優のエディ・レッドメインが世界で初めて性別適合手術を受けたトランスジェンダー女性を演じてアカデミー賞をはじめとする数々の映画賞にノミネートされた。
いずれの作品も彼らの演技が高く評価される一方で、ストレート・ウォッシングに対する批判の声も上がった。
話はハルに戻るが、彼女場合は、シスジェンダー女性がトランスジェンダ―男性を演じるという、ジャレッドやエディとは逆のパターン。
これに関しては、2018年、映画『アベンジャーズ』シリーズなどで知られるスカーレット・ヨハンソンが、ルパート・サンダース監督の最新作『Rub & Tug(原題)』で、トランスジェンダー男性の主人公にキャスティングされたと報じられたことで議論の的に。スカーレットは、その後、同役を降板した。
ハルが自身の言動を謝罪&降板を発表
トランスジェンダー女性を演じる可能性を示唆した自身の言動に対して、LGBTQ+を中心に批判の声が多く上がったことを受け、ハルは、SNSへの投稿を通じて声明を出し、出演が予定されていた作品から身を引くことを決断したと発表。
自分の発言に誤りがあったことを認め、危うくトランスジェンダーコミュニティから貴重なチャンスを横取りしそうになってしまったことを謝罪した。
— Halle Berry (@halleberry) July 7, 2020
以下、ハルの声明の全文訳。
「先週末、私は、今後予定されている作品でトランスジェンダー男性を演じることを考えていると語りました。そのなかでの自分の発言について謝罪します。今回の件で、シスジェンダーの女性である自分は、その役を引き受けるべきではなかったこと、そして、トランスジェンダーコミュニティの人々こそが、自分たちのストーリーを世の中に伝える機会を与えられるべきであることを理解しました。
この数日間で得たアドバイスや批評的な会話を感謝するとともに、自身の過ちから学ぶため、これからも人々の声に耳を傾け、知識を身に着けたいと思います。アライ(※)であることを誓い、スクリーン上でも制作現場においても、より適切な表現が行なわれることを促進するために声を上げていくつもりです」
※支持する人、同盟を結ぶ人。この場合は、LGBTQ+コミュニティに属する人々の平等や権利向上を支持する仲間を意味する。
(フロントロウ編集部)