人生の選択肢を増やすための卵子凍結「ソーシャル・エッグ・フリージング」
「いつかは子供を産みたいけど、今じゃない」。
女性も社会の中心となってバリバリ働くことが当たり前となった現代では、若いうちはキャリアや趣味に情熱を傾け、ある程度満足してから出産や子育てに取り組みたいというライフプランを描ている人も多い。
そんな野心に溢れる自立した女性たちの間で、近年注目を集めているのが、出産適齢期のうちに若くて健康な卵子を採取し、冷凍保存しておく「卵子凍結」。
卵子凍結による体外受精と言うと、以前は、不妊治療の一環というイメージが強かったが、女性たちが結婚という既成概念やパートナーの意見に左右されず、自分自身の人生の主導権をしっかりと握ることを願うようになった欧米では、「Social Egg Freezing(ソーシャル・エッグ・フリージング)」と呼ばれる、不妊治療などの医療目的の理由ではなく、“人生の選択肢を増やすための方法”の1つとして卵子を凍結するケースが増えている。
年齢を重ねるにつれて女性が妊娠・出産ができる確率が下がっていくというのは、抗いがたい事実。これは、生まれたときからすでに数が決まっている卵子(原子卵胞)の数や老化による質の低下に深く関わっており、年齢が若ければ若いほど、卵子の年齢も若く、数も豊富である確率が高い。より健康で元気な赤ちゃんが生まれる可能性が高いというシンプルな図式となっている。
卵子の老化が始まるといわれるのは、30代半ばを過ぎてから。37歳までに卵子の90%が消滅し、40歳前後では、毎月の自然妊娠の可能性は約5%にまで低下すると言われている(※1)。
※1:米国産婦人科学会(ACOG/American College of Obstetricians and Gynecologists)の公式サイトに掲載されている「Female Age-Related Fertility Decline(年齢に関連する女性の妊孕性の減少)」に基づくデータ。誕生の際には100~200万個あった原子卵胞の数は、37歳にはおよそ2万5千個まで減少するとされる。
妊娠、とくに自然妊娠を望むなら、タイムリミットがあるというのは、女性だけでなく男性も若いうちから知っておかなくてはいけない事実。
そんな妊娠にまつわるタイムリミットへのカウントダウンを、少しペースダウンして、より個人としての人生を充実させたいと願う女性たちのあいだで注目されているのが「ソーシャル・エッグ・フリージング」というわけ。
「ソーシャル・フリージング」を行なったセレブたち
海外の著名なセレブたちのなかにも、20代〜30代前半のうちに、今を満喫したいという理由や“未来への保険”という意味合いで、すでに卵子凍結を行ない、それを公表している女性たちがいる。
パリス・ヒルトン
もっとも最近、卵子凍結を行なったことを明かして注目を集めたのが、元祖お騒がせセレブとして知られ、現在はDJやビジネスウーマンとしてマルチに活躍するパリス・ヒルトン(39)。
パリスは、過去に卵子凍結という選択肢を検討したことがある昔からの友人でリアリティスターのキム・カーダシアンの助言により、数年前に卵子を冷凍保存しておくことを決断したことを英The Sunday Timesのインタビューで告白。
卵子凍結をしたことで、卵子の老化におびえる必要がなくなり、年齢的な問題で「妊娠できないかもしれない」という不安や心配から解放されたと、「すべての女性が卵子を凍結保存するべきだと思う。そうすることで計画的に子供を作ることができるし、『オー・マイ・ゴッド、早く結婚しなきゃ』ってあせる必要もない」と語った。
レベル・ウィルソン
映画『ピッチ・パーフェクト』や『キャッツ』などへの出演で知られる俳優のレベル・ウィルソン(40)は、2019年夏に出演した豪トーク番組『Kyle and Jackie O Show』で、ハリウッドには卵子凍結を行なっている友人がたくさんいると明かしたうえで、自分もその1人だと告白。
自分にとって卵子凍結は「バックアップ・プラン(代替策)」だと説明し、「キャリアウーマンには選択肢が必要でしょ?」と今は仕事に没頭したいと示唆した。
リタ・オラ
シンガーのリタ・オラ(29)は医師の勧めで20代前半のうちに卵子凍結を行なったそう。リタは2017年に出演した豪ニュース番組『Sunrise Newsfeed』で、かかりつけの医師に「今が一番健康なんだから、卵子凍結はいいアイディアだと思う。今のうちに少し取っておいたら、将来心配しなくていいんだから」と言われ、実際にそのアドバイスにならって卵子を凍結保存したことを明かしている。
マリア・メノウノス
人気テレビ司会者のマリア・メノウノス(42)は、キャリアプランを考慮したうえで2011年に卵子凍結を決断。当時マリアは「私は今33歳で、あと数年間はやりたい仕事がある。出産・妊娠はそれから。卵子凍結は一種の保険のようなもの」と語った。
オリヴィア・マン
映画『ザ・プレデター』の俳優オリヴィア・マン(40)は、35歳を迎え、妊娠においては“ハイリスク”となることを自覚したことがきっかけで、卵子凍結を決断。
2016年に出演した俳優のアンナ・ファリスのポッドキャスト番組で「卵子をいっぱい凍結したの」と公表し、「すべての若い女性がやるべきだと思う。まず第一に、もう妊娠のタイムリミットに悩まされなくていいし、それによって仕事やそのほかの事について悩む必要もなくなる」と、卵子凍結はもっと一般的に普及するべきだと持論を口にした。
コートニー・カーダシアン
お騒がせセレブ一家カーダシアン・ジェンナー家の長女であるコートニー・カーダシアン(41)は、すでに3児の母だが、将来「もっと子供が欲しい」と思った時のために卵子凍結を行ない、採卵の模様を一家とともに出演するリアリティ番組『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』のシーズン15で公開した。
コートニーは、卵子を冷凍保存しておくことについて、「これは安心のため」と説明した。
「卵子凍結」しても将来妊娠・出産できる確率は“絶対”じゃない
妊娠における老化リスクに備えることができる画期的な技術だと約5~6年前から注目を浴びるようになった卵子凍結。確かに、上手くいけば万々歳だが、残念ながら一筋縄でいくものではないよう。
前述のセレブたちのコメントにも「保険」、「将来のため」、「安心のため」といった言葉が登場したが、卵子凍結をしたからといって、確実に、将来無事に赤ちゃんを授かれると保証されるわけではない。
というのも、凍結卵子は融解時に変性しやすく、保存しておいたすべての卵子が体外受精や顕微鏡受精に用いることができるというわけではない(※2)。
※以前は凍結卵子の融解後の生存率は40~70%と言われていたが、米New York Timesが2018年に公開した記事「What Fertility Patients Should Know About Egg Freezing」ではハーバード大学等で講師を務めるランディ・ゴールドマン医師らの研究データによると、ガラス化凍結法(vitrification)という急速冷凍技術を使えば成功率は85~95%となると解説されている。
より効果的な冷凍保存や融解の技法に関する研究は続けられているものの、2020年1月にスコットランドで行なわれた学術集会では、イギリスの不妊治療専門院Newcastle Fertility Clinicが「凍結卵子を使用した患者による新生児誕生率がわずか18%だった」という研究結果を報告。
このレポートに関し、英国不妊学会は、凍結した卵子を使用した場合、約1/5の確率で出産が可能だと読み取れる一方で、卵子凍結をしても、将来の出産が保証されるわけではないことを知っておくべきだと警告した。
しかし、Newcastle Fertility Clinicによる研究報告は、同院で治療を行なう患者たちと、その凍結卵子を用いたデータに基づくものであり、彼女たちの年齢は38~40歳と妊娠出産においては高齢。35歳以前のより若いうちに凍結された卵子を使った場合には、妊娠率、新生児誕生率も上がるはずだという見込みについても言及されている。
卵子凍結にかかる費用は、日本では保険適用は無く、1回あたり25〜50万円ほどが相場。10個程度の卵子を保存しておくことが好ましいとされ、維持費の目安は1年間で25万円ほどかかる。そのほか、体外受精に関してもコストがかかることを覚えておくべき。
セレブたちが多く暮らすアメリカでも、卵子凍結は国による支援が少ないため、経済的に裕福な白人の女性に利用者が偏っているのが現状。将来、卵子凍結が女性の妊孕性の保護において、もし本当に有用な方法だと確証づけられた場合にも、社会として、すべての女性に平等に機会が与えられるにはどうすべきかを検討する必要がある。(フロントロウ編集部)
※こちらの記事は、公開後に卵子の減少率および凍結卵子の融解時の変性に関して、注釈にて加筆・一部情報の修正を行いました。