最多受賞は誰の手に?
2020年1月に開催された第62回授賞式では、当時18歳だったビリー・アイリッシュが、史上最年少での主要4部門(年間最優秀レコード賞、年間最優秀アルバム賞、年間最優秀楽曲賞、最優秀新人賞)を制覇し、最終的に最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス賞を含む計5部門を受賞して、昨年の最多受賞者となった。
今年の最多ノミネーションは、「Black Parade」が年間最優秀レコード賞、年間最優秀楽曲賞の主要2部門にノミネートされているのを筆頭に、合計9部門にノミネートされているビヨンセ。
彼女はこれらのノミネートで、歴代のノミネート数が79回になり、自身が持っていた女性シンガーの最多ノミネート記録を更新。さらに、現在24回グラミー賞を受賞しているビヨンセは、次のグラミー賞で4つ受賞すれば、カントリーシンガーのアリソン・クラウスが持つ27回の受賞記録を更新することができ、女性として歴代1位に。そしてもし、8つ受賞すれば歴代1位の記録を持つ指揮者のゲオルグ・ショルティの31回という記録を破り、最もグラミー賞を受賞したアーティストの称号を手に入れることができるという、偉大すぎる記録がかかっている。
今年のグラミー賞でビヨンセに次いで計6部門にノミネートされているのが、それぞれ年間最優秀レコード賞、年間最優秀アルバム賞、年間最優秀楽曲賞の主要3部門にノミネートされているテイラー・スウィフトと、デュア・リパ。ダベイビーとのコラボ曲「Rockstar」が年間最優秀レコード賞、ソロ曲の「The Box」が年間最優秀楽曲賞の主要2部門がノミネートされているロディ・リッチも2人と同じく、計6部門にノミネートされている。
上記のアーティストたちに加えて、共に新人賞と年間最優秀レコード賞にノミネートされているメーガン・ジー・スタリオンとドージャ・キャットの2人にも注目。メーガンは最優秀ラップパフォーマンス賞などを含む計4部門、ドージャは計3部門にノミネートされている。
誰がパフォーマンスする?
グラミー賞といえば、豪華アーティストたちによるパフォーマンスも大きな見所の1つ。第1弾のラインナップとして発表されたのは、テイラー・スウィフト、ハリー・スタイルズ、デュア・リパ、ビリー・アイリッシュ、カーディ・B、バッド・バニー、BTS、ドージャ・キャット、クリス・マーティン、ブラック・ピューマズ、ダベイビー、ブランディ・カーライル、ハイム、ミッキー・ガイトン、ブリタニー・ハワード、ミランダ・ランバート、リル・ベイビー、ジョン・メイヤー、メーガン・ジー・スタリオン、マレン・モリス、ポスト・マローン、ロディ・リッチ、そして人権活動家のタミカ・マロリー。
そして、開催の直前になって、さらなる注目アーティストの出演が決定。新バンドとなるシルク・ソニックとして、初の楽曲「Leave the Door Open」をリリースしたばかりのブルーノ・マーズとアンダーソン・パークが、受賞資格こそないものの、授賞式でシルク・ソニックとしてのTV初パフォーマンスを披露することに。こちらは、ブルーノとアンダーソンがファンを巻き込みながら、ツイッターで必死にグラミー賞にアピールした末に勝ち取った出演権となっている。
女性の受賞者は増える?
2018年に行なわれた第60回グラミー賞授賞式後、受賞したアーティストの多くが男性だったことを受けて、主催するナショナル・アカデミー・オブ・レコーディング・アーツ・アンド・サイエンス(NARAS)の当時会長だったニール・ポートナウ氏が、「ミュージシャンやエンジニア、プロデューサー、重役として音楽業界に携わりたいと思っている女性たちから(進化を)始めなくてはいけないと思うのです。女性たちはもっと頑張る必要があります」と発言したことを覚えている人も多いはず。
「女性たちはもっと頑張る必要がある」という、音楽業界において女性の努力や進歩が足りないかのような表現には、女性アーティストたちを筆頭に世間からバッシングが殺到した。
先に紹介した注目のノミネーションを見れば、最多ノミネーションがビヨンセだったことを筆頭に、テイラーやデュアも多くの部門でノミネートされているし、女性アーティストたちの割合が大きく増加したように思えるかもしれない。
南カリフォルニア大学アネンバーグ・コミュニケーション・ジャーナリズム大学院(以下、USC Annenberg)が毎年発表している、年間のヒット曲におけるジェンダーや人種別の割合を調査したレポートの2021年版によれば、必ずしもそうではないよう。レポートによれば、今年のグラミー賞にノミネートされているアーティストのなかで、女性が占める割合は28.1%だという。ポートナウ氏が「女性たちはもっと頑張る必要がある」発言をした第60回の時には、女性の割合はたったの8%だったので、当時と比較すれば上昇しているものの、完全に改善されたとは言い難い。
一方で、女性の活躍が目覚ましい部門もあり、最優秀ロック・パフォーマンス賞では、ノミネートされたアーティスト全員が女性という、史上初の快挙を達成した。
いずれにせよ、女性が占める割合が28.1%というのは、全体のおよそ4分の1なのでまだ物足りない数字。受賞結果ではその割合がどうなるのか、見守りたい。
ジャンル分けをめぐる問題も
2020年11月に第63回グラミー賞のノミネーションが発表された時、最新アルバム『チェンジズ』で最優秀ポップ・ボーカル・アルバム賞、その収録曲「Yummy」で最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス賞、同じく収録曲「Intentions」で最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞、そしてカントリーデュオのダン+シェイとのコラボ曲「10000 Hours」で最優秀カントリー・デュオ/グループ・パフォーマンス賞と、計4部門にノミネートを果たしたジャスティン・ビーバーの発言が注目を集めた。
「僕はR&Bアルバムを作ろうと試みました。『チェンジズ』はR&Bアルバムとして作った作品で、それ以外の何物でもありません。それにもかかわらず、『チェンジズ』はR&Bとは認識されていない。僕にとっては奇妙で仕方がない事です。(中略)明らかにR&Bを意識して作ったアルバムなのに、然るべきカテゴリーに分類されていない事について、僕は奇妙だと感じずにはいられません!誤解の無いように言っておきますが、僕はポップミュージックが大好きです。だけど、今回に関しては、それは僕の意図していたものではありませんでした」
自身ではR&Bを意識しながら制作したにもかかわらず、ポップ部門にノミネートされたことに疑問を呈したジャスティン。実は、ジャンル分けをめぐって疑問を投げかけたアーティストは他にもいて、ビリー・アイリッシュは昨年、英GQとのインタビューのなかで「カテゴリーというものがずっと嫌いだった」と打ち明けた上で、「『“白”っぽい見た目だね』って言われるのがすごく嫌い。“白”っぽいサウンドだね、とか。タイラーが言ったことはすごくクールだと思う。その言葉については彼に同意する」と語った。
「タイラーが言ったこと」とは、昨年のグラミー賞で最優秀ラップ・アルバム賞を受賞したタイラー・ザ・クリエイターが、グラミー賞におけるカテゴリー分けについて、「ウンザリするのは、俺みたいなルックスの奴がジャンルをまたがるようなことをやったとしても、常にラップかアーバンのカテゴリーにくくられるということ。『アーバン』という言葉は好きじゃないんだ。俺には単に、Nワード(※1)をポリコレ的(※2)に言っただけに聞こえる」と批判していたこと。
※1 黒人の蔑称のこと。
※2 特定のグループ(とくに性別・人種・民族・宗教・性的指向などに基づく)を不快にさせる、そのグループにとって不利益となる言動は避けるべきだという考え。主に差別・偏見をなくすことを目的としている。
アーバン・ミュージックは都会的なイメージのある音楽を指す言葉である一方で、R&Bやヒップホップを示す文脈で使われることも多く、昨年開催された第62回グラミー賞において、最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞にノミネートされた作品はすべて有色人種のアーティストの作品となっていた。
ビリーはインタビューのなかで、昨年に最優秀R&Bパフォーマンス賞を含む8部門にノミネートされ、最優秀トラディッショナルR&Bパフォーマンス賞、最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム、最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス賞の3部門を受賞したリゾについても触れて、「見た目や服装でアーティストを判断しないでほしい。グラミー賞でリゾが最優秀R&B部門にカテゴリーされていたよね?何が言いたいかって、彼女は私よりもポップだと思うの」ともコメント。
「つまり、もし私が白人じゃなければ、きっと『ラップ』にくくられていたと思う。なぜかって?人々は見た目と、自分が知っていることから判断するから。おかしなことだと思うけどね」と続けて語り、見た目でジャンル分けされてしまっているのではないかと疑問を投げかけた。
そうした流れもあり、グラミー賞は今年の第63回グラミー賞から、これまでの最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞を「最優秀プログレッシブ・R&Bアルバム賞」という名称に変更。グラミー賞の会長で、暫定のCEOであるハーヴェイ・メイソン・ジュニア氏によれば、今回の変更はR&Bのよりプログレッシブ(進歩的/前衛的)な要素を反映できるようにしたもので、ヒップホップやラップ、ダンス、エレクトロニック・ミュージック、ポップをはじめとした様々な別ジャンルの要素を含んだR&Bなどもここに分類されるという。
その「最優秀プログレッシブ・R&Bアルバム賞」には、日本人の母親を持つジェネイ・アイコの『チロンボ』、クロイ&ハリーの『アンゴッドリー・アワー』、フリー・ナショナルズの『フリー・ナショナルズ』、ロバート・グラスパーの『ファック・ヨ・フィーリングス』、サンダーキャットの『イット・イズ・ホワット・イット・イズ』がノミネートされており、全員が有色人種のアーティストとなっている。
グラミー賞ではこれまでたびたび有色人種のアーティストへの「不遇」が問題視されてきており、必ずしも人種の問題という意見はあるものの、ビヨンセやケンドリック・ラマーら、批評的に高い評価を集めた黒人アーティストのアルバムを抑え、テイラー・スウィフトやアデルの作品が主要部門の1つである最優秀アルバム賞を受賞するなどして、批判されてきた過去がある。女性アーティストが受賞できるかと同じく、有色人種のアーティストたちの受賞結果にも注目。
「透明性」への言及はある?
今年のグラミー賞では、皮肉にも、ノミネートされなかったアーティストが最も話題を集めた1人となった。2020年3月にリリースした最新スタジオアルバム『アフター・アワーズ』からのシングル「Blinding Lights」が、同年に世界で最も売れたシングルとなり、今年のグラミー賞における目玉の1人になると見られていたザ・ウィークエンドが、蓋を開けてみれば1部門もノミネートされず、波紋が広がることに。
その理由については、ザ・ウィークエンドがグラミー賞授賞式ではなく、現地時間2月7日に開催された第55回スーパーボウルのハーフタイムショーへの出演を選んだことに対する仕打ちだと報じられているなかで、当のザ・ウィークエンド本人は当時、「グラミー賞は腐ったままだ。あなた方には私と私のファン、そしてこの業界に、“透明性”をはっきりさせる義務がある」とグラミー賞を批判。
ザ・ウィークエンドがノミネートされなかったサプライズは、アーティストの間でも波紋が広がり、同じカナダはトロント出身のドレイクは、「何とかして改善して欲しいと願ってるけど、どうしても自分のやり方を変えることができない親戚みたいなもんだよ」と、グラミー賞を“保守的で頑固な親戚”に例えて揶揄したほか、これまで2度のノミネート歴があるホールジーも昨年11月、「グラミー賞の(選考)プロセスは捉えどころがない」とした上で、「その裏で密かに行なわれている(政治的な)パフォーマンスが重要になることもある」と批判。
加えて、ほとんど自身の考えをSNSで明かさないことで知られるゼイン・マリクも、「グラミーも、関係しているすべての人たちもクソ食らえ。握手をしてギフトを贈らない限り、ノミネーションを考慮されることはないんだ」とツイートして、その選考プロセスを強い言葉で批判した。
一連の騒動は、先日、ザ・ウィークエンドが今後一切自分の音楽をグラミー賞に提出しないと宣言するところまで発展。米The New York Timesに声明を寄せたザ・ウィークエンドは、グラミー賞の「内密な委員会が理由」だと前置きした上で、「僕は今後一切、レーベルがグラミー賞に僕の楽曲を提出することを許さない」と、グラミー賞との“完全決別”を宣言した。
グラミー賞の会長で、暫定のCEOであるハーヴェイ・メイソン・ジュニア氏はザ・ウィークエンドからの“決別宣言”に対し、「誰かを怒らせてしまった時には、私たち全員が気を落としています。ですが、私たちは進化を続けているということをお伝えしたいです。今年も、これまでと同様、ノミネーションを決定する委員会を含め、アワードのプロセスをどう改善していくかについて厳密に見直していきたいと思っています」とコメントしたが、ザ・ウィークエンドやホールジー、ゼインらが改善を求めてきた“透明性”について言及されることはあるのかも、授賞式の注目ポイントの1つ。
第63回グラミー賞授賞式は、WOWOWにて日本時間3月15日(月)午前9時より独占生中継で放送される。(フロントロウ編集部)