ラッセル・T・デイヴィスのプロフィール
カルト的人気を誇ったLGBTQ+ドラマ『クィア・アズ・フォーク』やイギリスのエンタメ界で最も有名なSFドラマのひとつ『ドクター・フー』などを手掛けた、イギリスの脚本家・プロデューサー。同性愛者であることを公表している。
Q:まずは、本作について簡単に説明してください。
ラッセル:これは80年代を舞台にした物語だよ。18歳の5人の若者たちが上京してきたロンドンのアパートで共同生活を送っていく成長譚なんだ。80年代はHIV/エイズウィルスが私たちの日常に暗い影を落とした時代でもあった。全5話構成で1981年から1991年の10年間を描いているよ。だから主人公の若者たちの成長、カミングアウト、友情、愛、求職、本当の自分を見つけていく姿を見守りつつ、それと同時にウィルスの恐怖がじわじわと忍び寄り社会生活を直撃する様子や彼らのアパート生活にも影響を及ぼしていくところも映し出される。彼らが助け合いながら乗り越えていく、困難の中でもお互いの生き方を認め合う姿が描かれているよ。
Q:これまでのあなたの作品群の中でも最もパーソナルな作品のひとつと捉えていいですか?
ラッセル:おそらくそうだろうね。実際に脚本を執筆し始めるまで、これが私個人の人生と重なっていることに気づかなかったよ。1981年当時、私は18歳だったんだ。あの時代を実際に体験してきたわけだから、わざわざこの作品のために文化的背景や流行曲、人気だったTV番組やファッションなどをリサーチする必要がなかったよ。その意味でも本作に描かれているすべてが非常にパーソナルなことだと言えるね。言い換えれば、私と(『ドクター・フー』の)ローズ・タイラーはとても近いとも言えるかな。彼女の場合は別の惑星を飛び回るけどね。とにかく、これは僕が長年に渡って構想を練っていた作品だよ。
Q:イギリスでのエイズ危機をこのスケールで描いたドラマは今までありませんでしたね。その理由は何だと思いますか?
ラッセル:そうだね。あの当時の様子をイギリス独自の視点で見てみたかったんだよ。映画『パレードへようこそ』は非常に素晴らしいメッセージが描かれているよね。『The Inheritance』や『エンジェルス・イン・アメリカ』『ノーマル・ハート』といった一連の作品も逸作揃いだ。他にも『Holding The Man』も良い作品だったし、『ロンドン・スパイ』に出てくるHIVの診断シーンは見事だったよ。どの作品もとても素晴らしいと思っていたけれど、その中で似たような作品を作るのではなく、私らしい居場所を見つけたかったんだ。とはいえ、目新しさを追求することは決して重要なことじゃなかった。HIV/エイズのようなテーマの物語は、何度も繰り返して語るべきテーマだからね。若い世代の人々が80年代の出来事を知らないまま成長していることも非常に気になっていたしね。さらに言えばあの時代を経験している人々の中にも何も知らない人もいる。責めるつもりはないけれど、あの暗い時代をお気楽に忘れてしまった人たちもいる。だから私はそこに私自身の使命を見出したんだ。恐ろしいし、デリケートなテーマだけれど、描くことができて光栄だったね。
Q:当時のあなたの知人などで、本作の登場人物のモデルになっている人はいますか? またストーリーの中にあなたの個人的な経験が反映されている部分などはありますか?
ラッセル:そうだね、ジルという僕の友人のひとりをモデルにしているキャラクターがいるよ。登場人物にもジルという名前をそのまま使ってしまうほど彼女からは多くの着想を得ているんだ。その私の良き友人であるジル・ナルダーには劇中に登場するジルの母親役を実際に演じてもらったよ。彼女に演じてもらえてとても光栄だった。彼女は私よりもずっとアクティブな人でエイズ活動にも比較にならないほど多くの時間を費やしていて、この病気で亡くなる人達を支え続けている立派な人物なんだ。すごく尊敬しているよ。
Q:劇中にはリサーチを基にして描かれているものが多いですか? とりわけリサーチが重要だったことなどはありましたか?
ラッセル:作品すべてがリサーチを基にして作られているよ。慈善団体などとも話をしたね。私自身もマンチェスターにあるノースウェスト最大規模のHIV/エイズ慈善団体であるジョージ・ハウス・トラストの後援者をしているんだ。そこでは80年代の通話記録をすべて保管しているから、ドラマの中にもいくつか使用させてもらったよ。他にも大勢の友人や医師たちの話も聞かせてもらった。医学的な事実や逸話などもね。でもメインになったのは、当時を回想する作業だった。私自身があの時代をリアルタイムで体感していたし、あの時代からの知人や愛する仲間たちもいたからね。彼らのことを文字にしたようなものさ。
Q:先ほど、本作の構築には10数年かかった、と言及されていましたね。なぜ、本作を発表するのに今がふさわしいと思ったのでしょう?
ラッセル:人生はひたすら前に進んでいくものだよね。当時はあの殺人ウィルスと共存していくことが当たり前のように感じていた。でも実はあれが異常なことだったと気づくのに20年かかったんだ。今、コロナウィルスが流行する中で成長していく子供たちにとっては、これが日常なんだ。マスクをつけてソーシャルディスタンスを守ることが当たり前になっている。それを無視した生活なんてあり得なくなっているよね。当時のエイズ流行もある意味で似ているんだ。私はエイズがあることが当たり前の時代の中で暮らしていたし、影響力の大きさも目の当たりにしてきた。だから今まで待った甲斐があったと思う。とはいえ、このテーマはある意味では私の作品すべてで描いてきたことだけれどね。
本作にはゲイの若者たちの成長が描かれていますが、本質的なテーマは家族、友情、コミュニティ、人種を越えたアイデンティティーですね。あなたにとって幅広い世代の視聴者が共感できるドラマを作ることは重要でしたか?
ラッセル:もちろんだよ!このドラマの根底には生まれ故郷を離れた人々が誰しもやること、つまり自分の家族を見つける姿を描いているからね。その家族というのは友人や、友人の友人、さらには友人の母親といった人々で構築されているんだよ。私はこれまでにも家族について何度も描いてきたし、実は『ドクター・フー』のドクターだって、毎回冒険に出ては新たな仲間と出会っているという点で本質的な部分は同じなんだよ! 家族について描くのが好きなんだ。確かにこのドラマは死についても描いてはいるけど、死は結末でしかない。死より前に広がる大きなセンテンスのほうこそ、上手く描かないとね。
本作はエイズ流行をテーマにした数多くの作品とはテイストが違っていますね。悲痛な時代ではありましたが、その中心には活気があり、楽観的な雰囲気もあり、時として陽気さもありました。80年代にこうした喜びや快楽も確かにあったことを描くことに大きな意味があると考えた理由を教えてください。
ラッセル:このドラマもエイズをテーマにした一連の作品の流れの中にあるんだ。もしエイズに対する怒りを抱えた作品を観たいなら、TV映画『ノーマル・ハート』やナショナル・シアターで上演される同名作品を観るといい。ラリー・クレイマーがあの作品で描いた怒りを越えるような作品は存在しないだろうね。あれは人々の命を救った怒りだった。彼は政策を変えさせ、エイズの状況を広く世間へ広めたんだ。彼はこの世で最も偉大な人物のひとりさ。彼の作品の匹敵するようなものは私には作れない。結局、私は私自身がやれることでベストを尽くすだけだ。私は家族、友情、喜び、愛をスクリーンの上に描き出すことならできる。暗い中にも幸せを見つけ出すことならできる。このドラマでそれを描くことができたと思っているし、この作品に誇りを持っているよ。
Q:エイズ危機に対する様々な立場の人、つまり家族、友人、恋人、エイズになった人などの様々な反応を臆することなく挑戦的に描いたドラマになっていますね。その理由を教えてください。
ラッセル:登場人物たちに命を吹き込むためには、できるだけキャラクターを複雑に描かなくてはいけないんだ。キャラクターたちの様々な面を見せ続けることがキーポイントになると常日頃から考えているよ。素敵な人の自分勝手な一面、愉快な人の悲しい一面などをね。同じ面だけを掘り下げても、そのキャラクターの深みを出すことはできないんだ。その点では、リッチーが登場人物の中で最も多彩な表情を見せていると思う。彼は熱心な自由主義者で性的にも縛られないワイルドな人物だ。実家以外の場所ではね。実家にいるときの彼はゲイであることを隠している。家族思いの息子であると同時に家族から逃げてもいるんだ。そして、考え方はかなり急進的。自分を誇りに思う反面、自分を恥じてもいる。まさにゲイであることのプライドと恥をほぼ同時に表現しているんだ。(主人公リッチーを演じる)オリー・アレクサンダーはそれらすべてを巧妙に演じ上げていて、本当に見事だったよ。彼のやるアドリブの数々が私にとってはリッチーをより魅力的にしている要素になっているんだ。
Q:エイズ流行の悲劇的な面として、社会的に差別され恥さらし者のような扱いをされることがひとつ挙げられます。またゲイコミュニティー全体がウィルスのせいで偏見に満ち溢れた先入観を持たれることになりました。当時と今ではどれほど状況が変わったと思いますか?
ラッセル:今のほうが何百万倍も良くなったよ。昔は愛する人がいても、その名前は口にするな、と言われていて、その後エイズが流行してからは、その病名も口にするな、なんていう二重苦の状況だった。ところが今は状況も変わって、私がこうして過ごしている間にも劇的に良くなってきている。1999年に15歳のゲイの少年を描いた脚本を描いたことがある。当時はそれがまだ稀な存在だったけど、今ではそうでもなくなったよね。今では多くの学校でゲイであることをカミングアウトする学生がいることが当たり前のようになってきている。とはいえ、ゲイであることを隠している人々にとっては未だに辛い状況でもあるから、問題が完全に解決したとは言えないけれどね。今でも偏見は残っているよ。『HIVに感染している人がくしゃみをする近くにいても安全だということを知っているか』と誰か、例えばゲイの人に質問してみるといい。多くの人がその答えを知らないんだよ。まだ多くの無知が残されたままなんだ。それでも昔よりはずっと良くなったよ。この5年ほどで自分たちのHIV感染の状態を気兼ねなく話してくれる友人が10倍くらいに増えたんだ。かつては隠していることが当たり前だったけど、この5年でオープンに話すようになった人々が現れるようになったね。
Q:キャストについて教えてください。オリー、カラム、オマーリ、リディア、ナサニエル、その他の仲間たちとの撮影はいかがでしたか?
ラッセル:最高だったよ! これは若手キャストがけん引していくドラマで、それをキーリー・ホーズ、ショーン・ドゥーリー、トレイシー=アン・オーバーマン、スティーヴン・フライ、ニール・パトリック・ハリスといったベテランが支えているんだ。とはいえストーリーの中心人物はやはりこの5人の若者だ。彼らのおかげでこの作品のすべてが喜びとなったよ。『ドクター・フー』から一緒に仕事をしているアンディ・プライアーが、役者として適役というだけでなく、この作品にふさわしいハートを持った若者たちを発掘してきてくれたおかげさ。彼らは相性も最高だったし、みんなこのドラマのテーマを非常に真剣に捉えてくれていた。誠心誠意を尽くして役に向き合い、テーマや時代背景も細かい部分まで理解してくれていたね。まぁ、そうは言いつつももちろん若いからかなりやんちゃでもあったよ! 最高に楽しい時間を過ごしていたみたいで、彼らを二日酔いじゃない状態で時間通りにセットに連れてこられたら奇跡のようなものだったらしいよ。私もそこまでは予想できなかったね! とはいえ、彼らは本当に真面目で熱心で、真剣にこの作品に取り組んでいたのは紛れもない事実だ。画面に映る彼らの姿をみれば、本当に仲が良くて、気持ちが通じていて、息が合っているのがわかると思うよ。彼ら全員が主役なんだ。ひとりひとりが主役なんだよ。
Q:あなたのドラマには恐ろしいほど未来を予知するものが多いので、質問さえためらいますが、次はどんな作品を作る予定ですか?
ラッセル:あのサー・レニー・ヘンリーが手掛けたシリーズの脚本の監修をしているんだ! 私にとってはサプライズだったし、レニーから直接連絡をもらったら、断ることなんてできないよね。ITV製作の『Three Little Birds』というタイトルの作品だ。1957年にジャマイカからイギリスに渡り、新たな人生を歩み出した3人の女性の物語で、彼の母親がモデルになっているんだ。脚本はレニーが手掛けていて、私は時々アドバイスをしている程度だ。彼は魅力的でとても楽しい人だよ。きっと素晴らしい作品になるだろうね。
Q:では、最後にいくつかあなたの80年代について質問をします。80年代のお気に入りのバンドは?
ラッセル:コミュナーズとユーズリミックスが大好きだ。
Q:80年代のお気に入りの映画は?
ラッセル:『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だ。私のナンバーワン映画かもしれない。悪役のいない映画。傑作だよ。時間が唯一の敵なんだからね。
Q:好きな80年代のファッションは?
ラッセル:レッグウォーマー。
Q:お気に入りの80年代のTV番組は?
ラッセル:もちろん、『ドクター・フー』さ!
ラッセル・T・デイヴィスが制作総指揮、オリー・マーズが主演を務め、本国イギリスではAll 4(※)の最多視聴記録を塗り替えたドラマ『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』は、全5話がスターチャンネルEXで全話配信中。
※ドラマ『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』を制作した英大手テレビ局Channel 4の動画配信サービス。
(フロントロウ編集部)