トランスジェンダーの平均寿命35歳、退学率82%
2013年に連邦法で同性婚が認められ、2019年には最高裁にてホモフォビアやトランスフォビアが犯罪として認められたブラジル。ラテンアメリカで最もLGBTQ+の権利が進んでいる国として知られているが、同時に、トランスジェンダーの殺害数が世界ワースト1位の国としても知られている(TGEU発表)。さらに、トランスジェンダーの中途退学率は82%、平均寿命は35歳と、トランスジェンダーの人々は若い頃から厳しい状況に置かれており、映画『私はヴァレンティナ』の監督カッシオ・ペレイラ・ドス・サントスは、「家族のサポートもなく、学校の履修書もなく、どんどん社会の隅に追いやられ てゆくのです。実際、ブラジルではたくさんのトランスジェンダーの女性が、自ら望んででは なく生き延びる手段として仕方がなくセックスワーカーとなっています」と語っている。
映画『私はヴァレンティナ』の主人公ヴァレンティナは、そんなブラジルに暮らす17歳。彼女は自身がトランスジェンダーであることを伏せて暮らしているのだが、あるパーティーで男性に襲われ、それをきっかけにSNSでのネットいじめや、匿名の脅迫、暴力沙汰など様々な危険に見舞われる。
ヴァレンティナを演じるのは、トランスジェンダーであるブラジル人YouTuberのティエッサ・ウィンバック。監督はヴァレンティナ役を当事者が演じることにこだわったそうで、ブラジル中のトランス女性をSNSで探すなか、ティエッサに出会ったという。そんなティエッサは、当事者としてヴァレンティナの経験の多くに自分の経験を重ねたと語る。
主演ティエッサ・ウィンバックにインタビュー
― この役が回ってきたときの気持ちについて教えてください。
ティエッサ:さまざまな感情の混じった複雑な心境になりました。まず俳優として演技するということが私の夢だったので、本当に嬉しかったです。ブラジルでは何をするにもトランスだと大変です。滅多に機会は回ってきません。ですからこの役が回ってきたのは幸運だと感じたと同時に、責任の重大さも痛感しました。とにかく嬉しく感激しました。
― トランスジェンダーについての映画はまだまだそれほど多くないですが、本作の脚本を初めて読んだときの感想はどんなものでしたでしょうか?
ティエッサ:まず脚本を書いた監督のカッシオが、とても繊細な人なんだ、という事を感じました。彼自身ゲイで、またトランスについて、深いリサーチを行なったうえで脚本を書いたんだとわかりました。彼のトランスの人への思いやりが読んでいて伝わってきました。細やかで繊細な、彼らしい脚本であると感じました。
“心に残っているシーンは、母親にヴァレンティナが性的被害を受けたと告白するシーンで、自分の体験が蘇ってきて、気持ちを抑えるのが大変でした”
― ヴァレンティナは、大都市から地方に引っ越し新しい学校生活を始めるというのがこの映画の設定です。ヴァレンティナと自分の経験に、共通点を感じましたか?
ティエッサ:共通点はふたつあります。まずトランスジェンダーの女性であるという点。それから、ブラジルの小さな地方都市の出身であるという点です。小さい町では町中の人が、私がトランスジェンダーであるという事を知っていました。ですから町を歩いていると指をさされたり、じろじろ見られたり、陰口をたたかれたり、といったことが日常茶飯事でした。その点も同じです。しかし大きな相違点が一つあります。ヴァレンティナの母親は彼女を支持し、寄り添ってくれています。私の場合、祖父母に育てられ母親を知りませんでした。それが最大の違いでしょうか。
― 生い立ちについて少しお聞ききしたいのですが、カタランという町の出身だそうですが、今でもそこにお住まいですか?
ティエッサ:現在は住んでいません。ユーチューブをやっているのですが、それが軌道にのるとサンパウロに引っ越しました。サンパウロは、それは大きな大都市で、何でもあり!の都市です。この大都市に住んでいると、外を歩いていて他人に揶揄されたりすることがないので、心が軽い気持ちになります。ですから昔のように、常に注意深く緊張して町を歩かなければならない、という事はなくなりました。
― 育った環境について、さしつかえなければ教えてください。いつトランスとしてカミングアウトしたのですか?
ティエッサ:母は私が物心ついたときには、すでにいませんでした。長い間ずっと自分は母に捨てられたんだと感じてきました。しかし後でわかったことは、父が非常に虐待的で鬱になり母は町を去る事になり、私は祖父母に育てられたのです。子供のころから男らしくないと周囲から言われ、自分ではなぜ自分は女の子として生まれたなかったのだろうと感じていました。そう感じたのは、覚えていないくらい昔の話です。トランスになる過程を始めたのは18歳の時で、じっくりと考え女になれるんだという判断を下しての決心です。そして22歳のころに、ようやく自分は女性なんだと感じられるようになりました。
― ユーチューバーとして6年やってこられたようですが、きっかけは?
ティエッサ:きっかけは、当時の職場の女性上司がトランス嫌いで、いじめられ辛い思いをして仕事を辞めた事でした。将来を考察する時期があり、何かアーティスチックなことをやりたかったし、カメラの前で演技をするのが好きなので、ユーチューブを始めました。最初は自分自身のなかに不安があって、公に自分がトランスであると公表するのは怖かったんです。事実を隠すことに疲れ、最終的には公表してしまおう、と感じました。そうしたらものすごく気が楽になりました。
― ヴァレンティナ役の演技をみていて、自然な演技なのですが、主人公の繊細な気持ちを表現できていて感動的で素敵だと思いました。ロサンゼルスの映画祭でも賞を受賞したようですが、今回の演技で難しかった点について教えてください。
ティエッサ:私の中で難しかったシーンで心に残っているシーンは、母親にヴァレンティナが性的被害を受けたと告白するシーンで、自分の体験が蘇ってきて、気持ちを抑えるのが大変でした。また、母親役を演じてくれたグタさんが、ものすごくよい関係を私と築いてくれて、もし彼女のようなお母さんがいてくれたら、自分の人生はいかに楽だったんだろう、とも感じました。涙が止まらなかったです。特に好きなキャラクターは母親で、感受性が強い存在、また母親の本能の強い女性として描かれていると思います。娘のことを手放しで愛してくれているという点がとても好きです。彼女は母であると同時に友達でもあるわけです。
― 演技をするにあたり、自らの体験がどのように役に立ちましたか?
ティエッサ:ヴァティナとして町を歩いたり走ったりしたときに、町の人にじろじろ見られたり、といったようなシーンが、私の出身地での体験にそっくりそのままであるかのように感じました。まるで自分が変な動物でもあるかのように噂したりとか、それが非常に私の経験に似ていました。
ブラジルのトランスジェンダーの現実を描いた映画『私はヴァレンティナ』は4月1日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開。
(取材:Yuko Takano / 文:フロントロウ編集部)