チャドウィック・ボーズマンへの愛を1つの作品に
2018年に公開され、世界的大ヒットとなったMCU映画『ブラックパンサー』。その続編制作が進んでいた2020年に、ティ・チャラを演じた主演のチャドウィック・ボーズマンががんで急死し、世界に衝撃が走った。一般だけでなく多くの関係者も、彼ががんと闘病していることを知らされていなかったうえ、彼の人望は厚かったため、彼を失った悲しみから続編制作に少しの暗雲も漂った。
しかし、人生は進んでいく。世界も進んでいく。必要なのは止まることではなく、思いを受け継ぎ、進むこと。チャドウィックを失った制作陣の思いが、丸ごとそのまま続編となり、『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』として完成した。
他のMCU作品を知らなくとも、愛する人を失ったことのある人であれば、劇中キャラクターの悲しみに共鳴し、心動される作品になっている。チャドウィックの妻であるモーネ・レッドワード・ボーズマンは本作が描いた悲しみについて、こう語っている。
「悲しみは人生とともに続く闘いで、どこかへ行くこともなく、自分の中に入り込み、住みつき、“慣れて”と言ってくる。そして、乗り越えられることはないと思うんです。ただ続けるしかない。今、自分にくっつくその重みを運ぶことを学ぶ。時にはより重く、時には軽く感じるけれど、その軽さすら重く感じる。複雑なことです」
女性たちの大活躍に感激の涙
そして、この映画にはもう1つ感動で心震える要素がある。それが、女性たちの描き方。チャドウィックの死は予期せぬものだったが、それによってアンジェラ・バセットが演じる母親のラモンダが国王となり、レティーシャ・ライトが演じる妹のシュリはより一層のリーダーシップを求められることになる。
MCU映画『シャン・チー/テン・リングスの伝説』のシャーリンのように、すでにリーダーシップがある女性が、やっと実力を発揮できる機会を得て、活躍する作品は増えている。しかし本作は、人の上に立つつもりはなかった女性がリーダーシップを発揮しなければいけなくなるというリアルさを描いていると感じる。そしてそれが、本作が持つもう1つのリアルさである、愛する人を失った悲しみと合わさって非常に奥深い作品となった。
さらに、アクションにおける女性たちも最高。筆者は、暗闇からかっこよく登場して圧倒的強さで敵を倒したかったし、女友達とみんなで車とかをぶっ飛ばして騒ぎながら空を飛びたかったし、炎の中からバイクでかっこよく飛び出してきたかったし、上からかっこよく飛び降りてきて集まっていた人の息呑ませたかったし、胸やお尻が強調されてないピンクじゃない衣装が着たかった。そして、それに共感してくれる女性は多いはず。本作では、そんな夢が全部叶う。
フェミニズムがメインテーマの1つとしてあり、女性の描き方にこだわった作品は増えているとはいえ、本作はメインストリームのスーパーヒーローもの映画で、チャドウィックの死というある種の偶然によって女性たちが活躍することになったため、フェミニズムを押し出しているわけでもない。その立ち位置からあれらの映像が撮られた感動は大きい。バイアスが入らないように見事にまとめあげたライアン・クーグラー監督の手腕には拍手を送りたい。
また、大作映画のエンディングクレジットで、最初からあんなに女性の名前が連続して出てくるのを見るのは初めてと言っても過言ではなく、最後まで感無量だった。
ちなみに、本シリーズで活躍する女性のみの親衛隊ドーラ・ミラージュは、アフリカのベナン共和国にかつて存在したダホメ王国で活躍した女性だけの戦士軍アゴジエ(Agojie)がモデル。そんな彼女たちを主人公にした映画『The Woman King(原題)』が2022年9月に全米で公開され、高い評価を受けているので、ぜひ日本でも見られるようになってほしい。
「自然との共存=洗練」を伝える美しい映像
本作の衣装デザイナーであり、『ブラックパンサー』でアカデミー賞衣装デザイン賞を受賞したルース・E・カーターは、前作を「アフリカのこのエリアが、植民地化されていなかったらどうなっていたかという想像」だと米Refinery29に語っている。
現在では、自然と共存していることは良いことだとはされるものの、そのライフスタイルや、そこで生み出される文化やデザインが美的に洗練されている、先進的だとはされづらいことも多い。それは、その地を植民地化してきた欧米諸国の価値観が広く浸透しているからで、そのセンスや価値観を覆したのが前作だが、さらに本作ではワカンダの他に海の帝国が描かれる。そのため、さらに大きなスケールで自然と共存する世界の美しさ、それがどれだけ洗練されていて、先進的にもなり得るかを訴えている。そしてそのメッセージを持った映像は、非常に美しい。
加えて、前作に引き続き見事なのがライティング(照明)。映像や写真撮影の時には、肌の色に合わせたライティングが必要になる。ダークな肌色の人物の撮影で、明るめの肌色用の環境や設定を用いることはプロフェッショナルなスキルがあるとは言えないが、これまでは起こってきた。しかし前作『ブラックパンサー』のライティングでは大掛かりなセットと多くの時間・労力がかけられた。本作における各シーンのセットは不明だが、多くの観客が涙するであろうラストシーンは素人目から見ても美しい映像で、それが完成できたのは適切な環境での撮影があったからだろう。
ブラック・コミュニティのファッションに憧れる
前述通り、前作はアカデミー賞衣装デザイン賞を受賞。本作でも素敵な衣装が多く見られる。デザイナーのルースは、1作目でシュリが研究室にいる時に白衣を着せなかった理由について、「魅力的で繊細で、そしてリサイクル素材のような生地を使うアイディアが好きなんです。(中略)ワカンダは非常にエコフレンドリーで、国と自然環境のことを大切にしています」と話し、新しいデザインを構築することにした意図を話していた。
これは、前述の映像の美しさにも繋がるもので、本作シリーズは衣装、セット、ビジュアルアート、ライティングなど、すべてのスタッフとキャストがアフリカのルーツを胸にチームで作り上げた作品なのだ。
ルースは前作の美術はアメリカにおけるアフリカ系の人々にポジティブな価値観を与え、「女性、そしてナチュラル・ヘア」をエンパワメントすると話していたが、彼女のデザインはすべての観客にポジティブな思いを抱かせるだろう。ダナイ・グリラが演じたオコエは本作でさらに生き生きしており、そんな彼女を見ていると女性のスキンヘッドや坊主にも憧れる。また本作ではシュリがアメリカスタイルの恰好をすることもあるのだが、シンプルに、アメリカにおけるブラック・コミュニティのセンスの良いファッションを見られることは楽しい。
ちなみに、筆者はチェーンのネックレスではなく、フープになっているネックレスがうまくコーディネートできないと悩んでいたのだが、本作ではフープネックレスを使った素敵なファッションも登場するのでぜひ注目してほしい。
(フロントロウ編集部)