米テレビ界のクリスマス映画の製作現場で多様性に関する議論が起きているなか、ニール・ブレッドソーがクリスチャン男性として書いた声明が話題を呼んでいる。声明を全訳するとともに、騒動の背景を解説。(フロントロウ編集部)

過熱する米クリスマス映画戦争、制作現場で多様性の議論

 まずは今回の声明を紹介する前に、米テレビ界のクリスマス映画事情について説明しておく必要がある。

画像1: 過熱する米クリスマス映画戦争、制作現場で多様性の議論

 アメリカでは11月末から毎日1本はテレビでクリスマス映画を観るという人が多くいるほど、クリスマス映画は冬の人気コンテンツ。そしてクリスマス映画の放送で最も有名なのが、10月末~1月1日までクリスマス映画を流しまくる“カウントダウン・トゥー・クリスマス”という伝統を2009年から続けているHallmark Channel(以下ホールマーク)。ホールマークはこの戦略で、冬にケーブルチャンネル1位の視聴率を何度も獲得しており、近年、冬になるとNetflixがクリスマス映画を大量配信するのはホールマークの勝ちパターンを参考にしたものだと言われている。

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 ほかの映画・テレビ作品と同じように、ホールマークも近年、シスジェンダーの白人ばかりが主人公を務めてきた作品づくりを見直すよう求める声が強くなっており、長年ホールマークを指揮してきたボブ・アボットCEOが2020年に辞任。これは、女性同士の結婚を起用したウェディングプランニング企業ZolaのCMを取り下げるというアボット氏の決断が関係しているとされている。ちなみにこのCM取り下げ事件の時は、#BoycottHallmark(ホールマークをボイコットしよう)というハッシュタグがトレンド入りした。

 ホールマークから去ったアボット氏は、2021年に新たなケーブルチャンネルGreat American Family(以下GAF)を立ち上げ。GAFは“信仰”をチャンネルの精神としており、ホールマーク作品に出演していた俳優たちのなかから、ニール・ブレッドソーやキャンディス・キャメロン・ブレといったクリスチャンの俳優たちがGAFに“移籍”した。

画像: ニール・ブレッドソーとキャンディス・キャメロン・ブレ

ニール・ブレッドソーとキャンディス・キャメロン・ブレ

 そんななか11月、GAF作品における出演だけでなくホールマーク作品の常連俳優だったキャンディス・キャメロン・ブレキャンディスが米Wall Street Journalのインタビューに応えたのだが、そのときの「GAFは“伝統的な家族”に焦点を当てていく」という発言が炎上。キャンディスは同じインタビューでLGBTQ+のキャラクターを起用する可能性については「いいえ」と否定しており、LGBTQ+をはじめ、俗にいう“伝統的”とされる家族意外は排除する発言は、ドラマ『フルハウス』で共演したジョディ・スウィーティンからも批判されるなど、波紋を広げた。

ニール・ブレッドソーがGAFを離脱、声明を全訳

 キャメロンのインタビューから約3週間、ニール・ブレッドソーがGAF離脱を発表して話題を呼んでいる。ニールは2022年は『Winter Palace』と『Christmas at the Drive-In』というGAF作品で主演を務めているが、Varietyに発表した長文の声明で、“伝統的な家族”という表現を「隠れ蓑」にするGAFの上層部に対する思いを綴った。以下、全訳。

画像: ニール・ブレッドソーがGAFを離脱、声明を全訳

「LGBTQIA+コミュニティからの愛、支援、指導がなければ、私の人生は今とは違っていたでしょう。大学時代の恩師から、エージェントやマネージャー、作家や監督、先生や同僚、そしてもちろん親しい友人や家族まで、私の人生に影響を与えた人たちには大きな借りがあります。若い頃、社会の極端に狭い男らしさの定義に苦しんだ私にとって、人生が失われそうになったとき、彼らのコミュニティが私の避難場所となり、道しるべとなってくれたのです。そして今、もし私がそのコミュニティが必要としている時に立ち上がることができなければ、彼らから受けた恩は意味のないものになってしまいます。だからはっきり言います。LGBTQIA+のコミュニティに対する私の支持は無条件です。私の沈黙には値せず、私たちが幸運にも彼らと共有しているこの世界で彼らが自由に生き、愛すること以上に価値のあることはありません。

自分の出演するホリデー映画のPRをしているべき時期に、僕が変に静かなことに気づいたかもしれません。この映画は、大きな波乱と変化の時代に、すべての人に安らぎを与えるという明確な目的を持ったものです。しかし、私はいつも通り仕事を続けることはできません。

どのような形であれ、排除を許し、分裂を促進する人たちから慰めを得ることはできませんし、そういった人たちをかばうこともできません。意見を持つ権利は全員に許されており、これが僕の意見です。Great American Familyのリーダーたちの最近の発言は、人を傷つけるもので、間違っており、そして愛よりも(経営的)判断を優先させるイデオロギーを反映しています。クリスチャンとして育った私は、愛と許しという本質的なメッセージを信じています。だから、LGBTQIA+のコミュニティを積極的に排除することを選択したネットワークと関係を続けるなんて、自分が許せません。

これは、言論の自由や宗教の自由、あるいは私が激しく同意できない信念を表明する自由の問題ではありません。今回問題なのは、ネットワーク全体を代表して意図的な排除について語る幹部です。「伝統的な結婚」という言葉は、不可解であると同時に不愉快です。単に道徳的に間違っているというだけでなく、そもそも、ほとんどの恋愛映画では、夫婦はもちろん、結婚式さえも登場せず、単に人々が出会い、恋に落ちるということを考えれば、それは論点がずれているのです。

LGBTQIA+コミュニティの完全な人間的表現や愛を「トレンド」と表現することもまた、問題であり混乱させるものです。モルモン教会のような組織が、好きな人を好きなように愛する基本的権利を信じる大多数のアメリカ人に加わって結婚の平等を支持する時代に(そしてその権利が国の法律として成文化されようとしているときに*)、そのような愛に対抗する組織は歴史のごみ箱に向かっているというトレンドが起きている可能性にについて考えた方がいいでしょう。

*アメリカでは同性婚は合法だが、最高裁判断の新たな判断でそれを覆すことができないように法律を成文化しようという動きが起こっている。

この声明(の発表)を検討していたとき、私は親しい友人に助言を求めました。彼は、(LGBTQ+の人々にとって)今よりももっと危険だった時代に、南部でLGBTQ+であることをオープンにして育った有色人種の男性です。彼は、レーガン政権下のアメリカで社会が見捨てた*、エイズで死にゆく孤独な亡者たちを見舞ったエリザベス・テイラーの勇気を思い出させてくれました。彼女の思いやりは、かっこつけるためでも、ウォークでも、美徳を表すためでもなく、私たちの多くが残酷さを選んだ時代に、ただ正しいことだったのです。それから数十年後、私たちの中に、信仰や伝統、あるいはもっと悪いことに、視聴者の共感を隠れ蓑にして、より残酷な世界を正当化する方法を見つけている人がまだいると思うと、胸が痛みます。

*当時HIV/AIDSは“同性愛者の病気”という誤解があり、差別や偏見のせいで、政府を含めて社会全体が治療や援助に力を入れなかった。

このことについて議論していたとき、(この)友人が次のような文章を書いてくれました。彼の言葉は、私が言うよりももっと個人的に、雄弁に、そして真実にこのことを語っているので、彼の許可を得てここで紹介します。

『クリスマスの物語の不変的な贈り物、それはハッピーエンドを信じることです。私たちが存在していると幸福は不可能である、さらに悪い場合は、私たちは私たちであるがために幸福に値しないと信じさせることは、最も破壊的な行為であり、私たちの中にある光を消し去ります。憎しみは罪だけでなく、罪人が自分を憎むあまりにこのような腐敗した考えに屈服するように仕向けてくるのです。名前に「ファミリー」という言葉が含まれるネットワークが、この言葉の意味を最も深く理解している人たちを罰することを選ぶとはなんという皮肉でしょう。LGBTQIA+コミュニティにホームレスが多いとするデータは、アメリカの家族が最も基本的な役割に失敗していることを反映しています。親や保護者は、自分たちの責任である、愛とサポートを必要とする命よりも、残酷な考えを選んでしまっているのです。そして私たちがその義務放棄を生き延びる唯一の方法は、自分たち自身の家族をつくり、自分たち自身で無条件の愛とは何なのかを再定義することです』

私はアーティストとして、自分の作った作品に誇りを持ちたいと切に願っています。しかし、私の作品が誰かを意図的に差別するために使われるかもしれないと思うと、恐ろしいですし腹が立ちます。GAFが変わることを願っていますが、誰もが作品のなかで誇りと共に描かれるようになるまでは、私の選択は明らかです。ストーリーテリングに制限を設けず、正しい価値観というメッセージに率直に従うクリエイターと一緒に仕事をすることを楽しみにしています。そしてこの精神の下、私はTrue Colors Unitedに寄付をするつもりです。もしこの言葉があなたの心に響くのであれば、ぜひご一緒ください」

 True Colors Unitedは、LGBTQ+の若者のホームレス問題に対する革新的な解決策を実行している団体。当事者である友人男性に相談をしながら、信仰や伝統を隠れ蓑にして差別をする上層部を強く批判したニール。ケーブルテレビのクリスマス映画への出演は、俳優にとっては毎年冬の時期にしっかり収入が確保できる安定した仕事。しかしニールは、社会の一員として、愛と許しの精神を持つクリスチャンとして、利益よりも正しいことを選んでGAFを離脱した。

 ちなみに、アボット氏の古巣ホールマークは新CEOウォンヤ・ルーカス氏の指揮のもと多様性のある作品づくりを推進しており、2021年の秋冬シーズンはターゲットである25~54歳女性の視聴数ではケーブルテレビ1位を獲得。ニールはもともとホールマークからGAFに“移籍”する形でGAF出演をはじめたが、今回の動きを経て、ホールマークに出戻ることもあるかもしれない。(フロントロウ編集部)

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