『エンパイア・オブ・ライト』はサム・メンデス監督が映画館や80年代への思いを込めた作品だが、要素が散らかっている。そのなかでもオリヴィア・コールマンは圧倒の演技。(フロントロウ編集部)

2つのテーマを合体しなくても良かったのでは?

画像: 2つのテーマを合体しなくても良かったのでは?

 しかし、サム・メンデス監督が初めて1人で1から脚本を書き上げた本作は取り上げた要素が多いからこそ、結果として散らかっていると感じる面があった。

 本編を見ている時から感じていたのは、本作の主人公であるヒラリーとスティーヴンがなぜ惹かれあったのかが分かりにくかったということ。これまで多くの作品で、中年・高齢男性と若い女性の恋愛は描かれてきたため、年上女性と年下男性の恋愛の物語を求める声は高まっている。しかし本作では、出会った男女2人が必然的に恋に落ちるという陳腐な形にしなくて良かったし、むしろヒラリーとスティーヴンの物語でなくとも良かったとも感じる。

 映画館の仲間は、ヒラリーのことも家族のように見守り、支えている。その関係は見ていても温かく、もし本作が“ヒラリーと映画館のみんな”を中心にしていれば、映画館への愛もより溢れるものになったはずだ。映画への愛を描いた作品といえば、1988年のイタリア映画『ニュー・シネマ・パラダイス』が思い浮かぶ映画ファンは多いだろうし、『エンパイア・オブ・ライト』にもその雰囲気はあるのだが、調理されきらない。

 なぜそうなったかといえば、本作が他のテーマにも深く切り込もうとしたからだろう。監督は、自分の人格が形成されたのは1970年代の終わりから80年代の初めであり、その時代は人種問題も深刻な動乱の時代だったが、素晴らしい文化が生まれた時代でもあったと回顧する。そんな1980年を舞台にした本作で、黒人であるスティーヴンが生きる環境は過酷だ。つまり監督は、1つにヒラリーを通して表現する映画館への愛、1つにスティーヴンと通して表現する80年代への思いというテーマを持っていたが、2つを合わせなければどのような作品になっていたのだろうと想像せずにはいられない。

 ただ、音楽に関しては、私が当時のイギリス音楽シーンに疎く、歌詞も理解できなかったことも残念に思う。おそらく当時を知る人からすると、音楽や物語の中で起こる事件、映画の雰囲気はノスタルジーに浸れるところもあるのだろう。

 ちなみに、ヒラリーを演じるオリヴィアの演技力は圧巻なのだが、それも逆にアンバランスを引き起こしている。ヒラリーの上司エリスは、郊外ではある程度イケているのだろうが、井の中の蛙という程度であるというキャラクターであるのが、最もしっくりくると思う。しかし演じたコリン・ファースはどうしても第一級のイケおじなのである。彼が本気を出せばSS級なので、おそらくあれでも一級に下げたのだろうが、エリスを演じるのならB+ぐらいには下げてもらいたかった。そこは、コリンの魅力がどうしても抑えきれなかったということなのだろう。

(フロントロウ編集部)

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