『ウーマン・トーキング 私たちの選択』の基になった実際の事件について、詳細を深堀り。(フロントロウ編集部)

ボリビアのメノナイトの集落で起こった大量の性的暴行事件

 ミリアム・トウズによる小説『Women Talking(原題)』および、サラ・ポーリー監督による映画『ウーマン・トーキング 私たちの選択』は、2000年代にメノナイトのコミュニティ内で実際に起こった性的暴行事件から着想を得ている。

 電気や機械など、現代的な物を出来るだけ使わずに生きているコミュニティで起こった凄惨な事件。ミリアムは実際の事件に対する「想像された返答」として、小説を書いた。そこでは、被害に遭った女性たちが男性のいない隙に集まり、未来を懸けた話し合いを行なう。では現実はどのようなもので、どのような結末を迎えたのだろうか?

「女の妄想」だと切り捨てられた女性たちの被害

 ボリビアにあるメノナイトたちが暮らすコミュニティでは、2009年当時で2,000人ほどが暮らしていた。そこで、2005年から2009年にかけて、数百人の女性が性的暴行の被害に遭ったと見られている。事件直後、裁判が始まる前に現地で取材した英The Guardianは、被害者は300名にものぼりそうだと伝えていた。その後、2011年に加害者の裁判について伝えたカナダのCanadian Mennoniteや米TIMEは、約130人の女性や少女が被害を明かしていると伝えた。コミュニティで暮らすCarlos KnodelはThe Guardianに、彼の母親、姉妹、妻、2人のいとこ、おば、義理の姉妹の全員が性的暴行を受けたと明かしている。

 小さな集落のなかでそれだけ多くの女性が被害に遭っているにもかかわらず、なぜ何年も問題にされなかったのか。コミュニティで暮らす長老のJohann Klassenは、「そういったことが起こっているという話はあった。そう言った女性もいた。しかし誰も彼女を信じなかった」と話す。女性たちの被害は、“悪魔の仕業だ”“女の妄想だ”といった周囲の発言で抑え込まれていた。また、集落のリーダーの1人は、一連の事件は特殊なものであると考えていると話したという。

現行犯逮捕でやっと事件が発覚

 事件がやっと明るみに出たのは、現行犯逮捕がきっかけだった。裁判前の2009年にThe Guardianが報じたところによると、長老たちは、犯人の男が朝起きてくる時間が遅くなっていることに気がつき、追跡。すると男が他人の家に侵入するところを見つけ、確保に至ったという。一方で、米TIMEが2011年に報じたところによると、2009年に1人の女性が、自宅に2人の男が侵入するところを目撃。それがきっかけとなって事件が発覚したとしている。加害者グループのメンバーが確保されたことで、その後芋ずる式に仲間の加害者7人の名前も明らかになった。

 8人はコミュニティ内にある部屋に数日間拘束され、その間には、コミュニティ内に牢屋を作り、彼らを15年間閉じ込めるという案も提案されたという。しかし最終的に、8人はボリビアの警察に引き渡された。

 メノナイトはコミュニティ内の繋がりが強いため、窓を開けておいても平気な環境を生きていたという。しかしThe Guardianによると、事件直後は各家の窓には格子が取りつけられ、ドアには鍵がかけられていた。さらに、Carlos Knodelの兄弟は「もっといるはずです。性加害者はまだここにいる」と言い、長老も「これは終わりではないでしょう。もっといると思っています」と話した。そしてその通り、その後さらにもう1人が逮捕された。捕まったPeter Kennelは、「なぜかというのは分からない。しかし最初にやってから、それは習慣となり、週に2回は(犯行に)およんでいた」と証言した。

性加害者は何をしていたのか

 男達は、標的とした家にスプレーを撒いて、男女問わず中にいるすべての住民を眠らせてから、女性や少女に性的暴行をしていたという。そのスプレーは牛用の麻酔スプレーだったが、人間に対して使用された。

 そのような強力な薬剤が使用されたことで、多くの被害者は被害に遭った時の記憶がよりあいまいになっている。1人の女性は、「ある夜、脚になにかを感じました。でも起きられなかった。片目だけ開けることが出来ましたが、またすぐに眠ってしまいました。その後何日か、朝に身体の痛みで起き、本当に、本当に疲れていました」とThe Guardianに証言している。

 また、裁判所の指示によって行なわれた医学的検査で、たった3歳の女の子の処女膜が破れていたことが分かった。医師の報告によると、これは男性器の挿入ではなく、指の挿入によって起こったと見られる。正式な裁判資料では、被害者として8歳から60歳までの女性の名前が記載された。なかには知的障害がある女性や、妊娠中だったが、被害によって早産になった女性もいた。

女性の人権を守るためではなく男性間の権力争い

 伝統的に、メノナイト達はコミュニティ内で犯罪を裁く。しかしこの事件は「取り組むにはあまりに大きすぎた」ため、ボリビアの警察の介入が許された。しかし犯罪者たちが裁かれたのは、女性の人権や尊厳を傷つけたから、女性たちのために、というよりは、女性の夫や父親の怒りによるところが大きいと見られる。

 裁判の前には、集落の住民によって、一連の事件に関与した疑いでFranz Wieler Klossという人物が棒に両手を繋がれ、9時間吊り下げられ、その数日後に死亡した。加害者たちの弁護士は、彼らが自白したのは「リンチされるという脅迫」があったからだと主張していた。そのため、事件発覚後も、被害に遭った当事者である女性のことを考えているとは言えない状況が続いた。

 当時、コミュニティを調査した聖職者のJack Heppnerによると、集落のリーダーの1人は、女性たちが性犯罪被害に遭っていようと、意識がない時のことであれば覚えていないため、助けは必要としないだろうと話したという。

 そして、米Christian Science MonitorのJean Friedman-Rudovskyによると、被害者でのなかで、心理の専門家やカウンセラーなどと話す機会を得られた女性はゼロ。被害者の1人はJeanに、「今でも夜は眠れません。(被害経験について)誰かに話したい」と話したが、米TIMEによると、各コミュニティの男性リーダーたちは、女性たちは被害に遭った時に薬で眠らせられていたため、精神的被害は受けていないと主張したという。さらに、メノナイトの女性は結婚まで処女でなければいけないというものがあり、ある被害者の父親は、娘が結婚できるかどうかを心配していた。

 また、この事件にあわせて、ボリビア警察とメノナイトコミュニティの癒着も指摘された。米Anabaptist Worldによると、Jackは2010年2月の報告で、ボリビア警察が賄賂によって動いていると指摘。その時点で、集落は加害者たちを裁判なしに刑務所に入れておくために、10万ドル(※)以上を使ったと見られたという。ボリビアの法律では、裁判なしに容疑者を6カ月以上拘留することはできないという。
 ※1ドル=110円換算で1,100万円

加害者の1人は脱走、8人に実刑

 加害者たちには、逮捕された後も反省の色はなかった。実行犯たちに牛用の薬やバイアグラなどを提供したことで「犯罪集団を形成した」として罪に問われた無資格の獣医師Abraham Wielerは、拘留中にガーディアンの取材で「私たちは何も犯していない。何も言うことはない」と話した。逮捕された8人は無罪を主張した。

 また、裁判中も、加害者たちはジョークを言いあったり、居眠りをしたりしていたと報じられている。さらには、被害者の1人が法廷で証言した時には笑い声をあげたり、表情を変えたりして、裁判官が彼らを叱責しなければいけなくなるほどの状況になった。被害者のなかで証言をするために出廷した人が少なかった背景には、そのような状況も理由にあったのではとされている。

 最終的に、犯人のうち7人は25年の判決、薬などを提供した獣医師のPeter Wiebe Wallは12年と6カ月の判決となった。9人目の加害者であるJacob Neudorf Ennsは刑務所から逃走した。

 犯罪者たちは裁かれたとはいえ、一連の事件は社会の闇を示したといえる。そして、これを基にした小説『Women Talking』は、サラ・ポーリー監督によると、「同じ意見を持たない人々が1つの部屋で一緒に座り、暴力なしに前に進む方法を切り開くという進歩的な民主主義の行為についての必要不可欠な小説」であり、米Varietyによると映画は、「ここにいるのは、新しく、進化した家母長制を創設した女性達です。ここではすべての人が平等で、信仰は許され、女性達は考えることを奨励されています。そのような独立の宣言が草小屋の中に閉じ込められるのは不条理だが、それでもなおポリーと撮影監督のリュック・モンテペリエは想像できるかぎり最高の画質とワイドスクリーンフォーマットで撮影した」作品だと評価されている。

 映画の最後には、女性が生まれたばかりの赤ちゃんに「あなたたちの物語は、私たちのものとは違う」と話すシーンがあり、ポーリー監督は、「それは約束であり、責任であり、支えであり、この美しい世界で自分の道を進んでいこうとする、私の素晴らしい3人の子どもたちイヴ、アイラ、エイミーに全身全霊をかけて伝えたいことです」話した。

(フロントロウ編集部)

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