人口2,500万人の国で有権者の80%近くにあたる約1,300万人が参加した国民投票で2017年に結婚の平等が実現したオーストラリア。時代に合わせて自然に合法化されたと思われがちだが、その背景には、困難だらけの長い長い闘いがあった。一般的に結婚の平等は、法律の改定か、裁判か、国民投票によって実現するものだが、オーストラリアはこの3つすべてを経験したのだ。オーストラリアで結婚の平等を求めるキャンペーンを先導したAustralian Marriage Equality(AME)でデジタルディレクターを務めたアダム・ノーベル氏(Adam Knobel)にフロントロウ編集部が話を聞いた。

個々のストーリーに焦点当てるー「結婚の平等とはWHATではなくWHO」

 国民投票をするしないで揺れていた2016年、それまでボランティアのみで活動していたAMEはスタッフを雇い、シドニーのオックスフォード・ストリートにある書店の上に小さなオフィスを構えた。ノーベル氏は団体が雇った初のスタッフのひとりだった。

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―アダムさんは、AMEが団体として大きく変化した2016年に活動に参加されたんですよね?

ノーベル氏:「そうです。それまでの12年間、完全なるボランティア組織だった団体にとっては大きな変化でした。まずはみんなで集まって、これまでの活動を振り返り、戦略を練り、どのようなメッセージが効果的か探り、団体のリブランディングをして、ウェブサイトを新しくして、どのようなストーリーをどのような方法で伝えるかを考えました。オーストラリア全土にいる一般市民を集め、巻き込み、活性化させて、結婚の平等を信じる理由について声をあげてもらうためのあらゆる方法を考えていたのです。その後、シドニー市の好意によってより大きなオフィスを提供してもらえました。家具を借りてきて、自分たちでコンピューターを組み立てて、まさにスタートアップのような雰囲気でしたね」

―12ヵ月で、サポーターリストを4万人から10万人以上に増やせたそうですね。どのように成し遂げたのですか?

ノーベル氏:「成功するキャンペーン活動に必要なのは、頭=戦略、心=ストーリー、手=実行する人だと言われています。私たちのサポーターリストの大部分は、職場や街中で結婚の平等についての会話やアクションを起こしていた人々で、当初はLGBTIQ当事者が中心でしたが、その後、当事者の家族や友人へと広がっていきました。このサポーターリストを拡大するための根本的な戦略は、“結婚の平等について話すために必要な唯一の専門知識は、それが正しいことだと信じることだ”ということを理解してもらうことでした。彼らにできる最も強力なことは、結婚の平等に対する信念や、なぜそれを支持するのかを周囲の人々と分かち合うことであり、事実や証拠や研究は必要ないのです。必要なのは、自分たちのストーリーを共有すること。なぜそれを支持するのか、なぜそれに情熱を傾けているのかを話すだけで良いのです。それが変化を起こすのです。人々ができるそのような簡単でシンプルなステップこそが、オーストラリアで結婚の平等を実現のために不可欠だったのです。だから私たちは、そのステップを可能な限り簡単にすることに務め、そのようなことについてもっと知りたい、あるいは書き込みをしたいという人々に登録してもらうことで、デジタル・チャンネルを拡大していったのです」

画像: アダム・ノーベル(Adam Knobel)氏

アダム・ノーベル(Adam Knobel)氏

―団体はどのようなメンバーで構成され、それぞれがどのようなスキルを持ち寄ったのでしょうか?

ノーベル氏:「まずお伝えしておきたいのが、このキャンペーンの基盤となり、オーストラリアにおける結婚の平等を実現した中心人物は、一般市民のみなさんだということです。結婚の平等を信じる人々が、トークやフォーラムで声を発し、メディアで自分のストーリーを明かし、自宅や職場、教会のグループ、コミュニティセンターなど、オーストラリアのあらゆるところで会話をしたことが、世論を変え、国民の3分の2が結婚の平等を信じることになりました。

団体内で活動していたスタッフやボランティア、ユニットは、そういったコミュニティやそこで起きている会話を支援することを目的に構成されていました。みなさんの会話を支援するためにメディアやデジタル・チャンネルにメッセージや情報を発信するチーム。人々のパーソナルなストーリーを発信するビデオチーム。ほかのグループと協力するコーディネーターのチームがいました。コーディネーターは、結婚の平等を支持することに興味を持つ人々によるグループと会って、その人々が属する宗教なり、文化なり、企業の中でどのような支援活動ができるかを話し合いました。

―AMEからの情報発信は、LGBTQ+当事者や家族、友人などによるパーソナルなストーリーが中心でしたが、そこに重点を置いた理由を教えてください。

ノーベル氏:「このキャンペーンにおいてマントラのように繰り返し言われていたことのひとつが、『結婚の平等とは何か(WHAT)ではなく誰(WHO)のためのものか』ということです。結婚の平等に関する会話は、とくに政治の世界では、その概念や考え方、法律、どのように施行するかなどに焦点が当たりやすく、その中心にいる、法の下で平等に扱われたいと願う人々の存在が忘れられがちです。だから、この不平等が誰に影響を与えているか、法律が変われば誰の人生がより良くなるかという点を人々に認識してもらうために、個々のストーリーを共有することにこだわりました」

郵便投票に有権者の8割が参加―「リアルで、偽りがなく、パワフル」

 結果的に政府は、2017年8月、投票義務のない郵便投票で是非を決めると突如発表。「同性カップルが結婚できるように法律を変更するべきですか?」という質問に「YES・NO」で答える形式の投票用紙が発送されるまでわずか1ヵ月。突然の決定を受けて、シドニーを拠点としていたAMEは14日以内にオーストラリア全土の各州都に支部を拡大。ノーベル氏も、「今振り返ってもどうやってのけたのか不思議なくらいです。あの14日間は、間違いなく寝不足でしたね」と笑う。

 14日の間に主要スタッフを12人から100人強へと増やし、さらにオーストラリア中から1万5,000人以上がボランティアとして参加し、最低6割の人にYESと投票してもらうYESキャンペーンが始動。結婚の平等に支持があることは分かっている。課題は、その支持者たちに強制力のない投票に参加してもらうことだった。AMEでは、選挙登録していない人に登録を促すほか、チラシやポスター、電話、動画などあらゆる方法で有権者にメッセージを発信。各戸を回って投票を促す訪問活動では、10万戸以上が訪問されたという。

画像: 地域の家ひとつひとつをまわってYESへの投票を促す活動をしたボランティアの人々。

地域の家ひとつひとつをまわってYESへの投票を促す活動をしたボランティアの人々。

画像: 店先や電柱などオーストラリア中にYESと投票することを促すポスターやシールが登場した。

店先や電柱などオーストラリア中にYESと投票することを促すポスターやシールが登場した。

―郵便投票のためには、どのような戦略が取られたのでしょうか?

ノーベル氏:「最も重要だった戦略は、メッセージをクリアにすること、人々がすでに持っている価値観と結びつけること、それぞれが共有するストーリーやそれぞれが周囲とする会話こそが最も効果的だと訴えること、人々が簡単に参加できるようにすることでした。

最も効果的だったメッセージであり、最も多くの人が持っていた価値観は、“法の下では誰もが平等に扱われるべきだ”というものでした。それが、オーストラリア人が最も共鳴したことなのです。だからそれを繰り返し話しました。結婚の定義とは“何か”という議論や政治家、議会からは離れ、個人やコミュニティのストーリーにスポットライトを当てたのです」

キャンペーン動画『これはフェアであるということ(和訳)』

子どもを持つ両親が、「子どもたちにはフェアであることの重要性をいつも教えてきました。結婚の平等とはそういうことなのです。みんなが同じように扱われるということ。それだけです。だからこそ、私たちはもちろんYESと投票します」と語る。

 当時のキャンペーンのなかでもノーベル氏の記憶に強く残るもののひとつが、「#RingYourRellos(意味:親戚に連絡しよう)」というものだという。これは、それぞれが知っている人に電話して賛成への投票を促そうというもの。YESキャンペーンでは、リサというLGTBQ+当事者が自身の祖母に電話する動画を公開。当初は「任意投票でしょ」と言っていた祖母も、恋人と結婚したいと話す孫の言葉を聞くうちに、“信仰上の理由で本来は反対だがあなたのためにYESと投じる”と考えを決める。この動画がきっかけで同ハッシュタグは豪ツイッターでトレンド入り。結婚の平等を信じる多くの人に、賛成票を投じてもらうためには自分自身も友人や家族と会話をしなくてはと思わせることに成功した。

 しかしそんななか、ハプニングが起こる。行政側のミスで、予定よりも早く一部の人に投票用紙が届いてしまったのだ。スケジュールの大幅変更に直面したYESキャンペーンは、ここでもコミュニティにいる個々の力に頼った。

ノーベル氏:「すべてのサポーターにメッセージを送りこう言いました。

今日、郵便受けをチェックして投票用紙が届いていたら、YESに印をつけてその足でポストに持って行ってください。フルーツボウルの下に置いておくのも、バッグの中にしまっておくのもダメです。YESと印をつけたら即投函してください。さらに、結婚の平等を情熱的に支持する素晴らしいサポーターである皆さんにもう一つお願いがあります。ポストに投函する際にセルフィーを撮って『#PostYourYes(意味:YESを投函しよう)』というハッシュタグをつけてSNSにアップしてくださいと。

するとその後、ソーシャルメディアでは#PostYourYesがトレンド入りして、投票を行なう美しい写真が国中から次々とアップされました。このような瞬間こそが、私のお気に入りの思い出です。リアルで、偽りがなく、パワフルで、これ(結婚の平等)は人々のものであるという本質を表しているからです」

画像: オーストラリア中から投稿された、#PostYourYesの写真。

オーストラリア中から投稿された、#PostYourYesの写真。

画像: オーストラリア出身の歌手トロイ・シヴァンも#PostYourYesをツイートした。©Troye Sivan/Twitter

オーストラリア出身の歌手トロイ・シヴァンも#PostYourYesをツイートした。©Troye Sivan/Twitter

 9月中旬に郵送された投票は11月初めに締め切られ、2017年11月15日の結果発表で、オーストラリア国民の61.6%がYESと投票したことが判明。強制力のない郵便投票だったにもかかわらず、約1,300万人が参加。人口約2,500万人のオーストラリアにおいて、有権者の80%近くが投票に参加したことになる。

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