「装置を作ってくれたら全編IMAXで撮る」ノーランがIMAX社と交わした約束


クリストファー・ノーラン監督が16歳の時に抱いた願いは、カメラの「音」に阻まれ続けていた。9月11日に日本公開を迎える『オデュッセイア』の特別映像が解禁され、長編映画史上初となる全編IMAXカメラ撮影が、監督とIMAX社のある取引から始まっていたことが明かされた。(フロントロウ編集部)
静かな会話が撮れない、という長年の壁
ノーラン監督は16歳の頃にIMAX映像に魅了され、以来ずっと全編IMAXカメラでの映画製作を望んできた。『ダークナイト』を皮切りに、作品を重ねるごとにIMAX撮影の比重は高まっていったが、最後まで越えられない壁がひとつ残っていた。カメラが発する動作音である。
音があまりに大きいため、俳優の顔に寄ったカットや、静かな会話劇を撮ることが難しい。撮影中に台詞の音声を同時収録できないのだ。ペネロペを演じたアン・ハサウェイは「初めてIMAX(R)カメラで撮影した時”音が大きい!”と驚いた」と振り返る。テレマコス役のトム・ホランドも「あの動作音が現場に鳴り響くんだ。気が散るなと思ってたら”ブリンプ”が登場した」と語っている。

135キロのカメラを、6人で担いだ
「全編IMAXで撮るなら『オデュッセイア』で実現するしかない」。そう意を決したノーランは、IMAX社に直接持ちかけた。カメラの動作音を抑えて音声を同時録音できる装置を作ってくれたら、新作を全編IMAXカメラで撮る——という約束である。
技術陣が応えて完成したのが、カメラ全体をまるごと閉じ込めて駆動音を遮断する超軽量カーボン製の防音装置「ブリンプ」だ。小型飛行船を意味するその名のとおり、カメラを覆う大きな殻のような構造で、これを備えた新世代IMAXカメラは”ザ・キーリー”と呼ばれた。アクションだけでなく繊細な会話劇まで同じフォーマットで撮る——映画史上初の全編IMAX撮影は、こうして技術的に可能になった。
ただし現場の負担は増えた。ブリンプを装着したカメラは約135キロ。持ち運びも設置も困難で、装置が巨大なせいで俳優が目線を定める際にも支障が出た。それでも6人の専任チームがどんな過酷な場所へもこのカメラを担ぎ込み、演技中に俳優同士が自然に互いの姿を確認できるよう鏡を設置するなどの工夫で、ひとつずつ課題を潰していったという。
主人公オデュッセウスを演じたマット・デイモンは、解禁された映像のなかでこう話している。「僕の役者人生の中で最大規模の作品だ。100年前の撮影現場のようだった。カメラはIMAX(R)だけどね」。CGだけに頼らず、モロッコ、ギリシャ、イタリア、アイスランド、スコットランド、アメリカの6カ国で実在のロケーションに巨大なセットを組み上げた撮影は、たしかに映画草創期の物量に近い。

「IMAXカメラは偽らない」
『ダンケルク』『オッペンハイマー』でアカデミー賞撮影賞に輝いたホイテ・ヴァン・ホイテマは、本作でも撮影監督を務めた。彼はこの選択について「IMAX(R)カメラは偽らない。この物語は間違いなくIMAX(R)で伝えるべきだ。他の選択肢は考えられなかった」と語り、「嘘をつかないカメラで、とんでもない深みと解像度をもたらします。有機的な映像の最高傑作です」と続けた。
数字のほうも、すでに監督の代表作を追い越している。8月23日には全米興収が5億3,910万ドル(約873億円)に達し、ノーラン作品の全米最高記録だった『ダークナイト』の5億3,498万ドル(約866億円)を上回った(Box Office Mojo調べ)。『デッドプール&ウルヴァリン』を抜いてR指定映画の世界興収歴代1位となり(Variety調べ)、8月30日には世界興収15億5,260万ドル(約2,515億円/1ドル162円換算)を突破している。
ノーラン監督は公開を待つ観客へ、「観客の皆さんはIMAX(R)鑑賞すれば、カメラに収めた映像をそのまま楽しむことができる。鮮明な映像を楽しみ、包み込まれるような没入型の体験もできるはずだ。大きなネガを用いて撮影したから、IMAX(R)だけでなく、すべてのフォーマットでシャープな画質を堪能できるよ」とメッセージを寄せた。
『オデュッセイア』は9月11日より全国ロードショー。9月4日から10日まではIMAXでの先行上映が行なわれ、公開前日の9月10日には5つのフォーマットが一挙に揃うTOKYOプレミアも開催される。2Dからの全6種9バージョンという選択肢の多さは、ノーランが「すべてのフォーマットでシャープな画質を」と言い添えた理由でもある。
9月4日、IMAX先行上映がスタート。李相日、小島秀夫ら17名が絶賛コメント
9月4日、予告どおりIMAXでの先行上映が始まった。グランドシネマサンシャイン池袋では金曜・土曜の全上映回が発売開始早々に完売し、都内の他劇場でも完売する回が増え続けている。公開1週間前にして、劇場の席が先に埋まっていくという状態だ。
同日、一足早く本編を観た各界の17名から絶賛コメントが到着した。映画『国宝』の李相日監督は本作を「間違いなく、『極限の地点』にある映画」と評し、『8番出口』の川村元気監督は「ノーランの神業に飲み込まれる、圧倒的映画体験」と表現。ノーラン監督との対談経験を持つゲームクリエイターの小島秀夫は「IMAX(R)で伝承されるノーラン版は、まだ誰もが観たことのない未体験の“オデュッセイア”だ」と、史上初の全編IMAXカメラ撮影がもたらす映像に言葉を寄せた。
字幕・吹替監修を務めた古代ギリシャ研究家の藤村シシンは「紙の上で知っていたはずの物語を、私は初めて全身で体験した。これは神話を観るだけの映画ではない。その船に乗り込む映画だ」とコメント。『テルマエ・ロマエ』の作者ヤマザキマリは「フィルム撮影によって描かれる壮大かつ芸術的な古代世界と、斬新な解釈が添えられたストーリー展開に、映画史の成熟を垣間見た」と語っている。
大のノーランファンとして知られる岩田剛典は「ノーランに裏切られました。一言で言えば“愛“の映画」と、作品の重心が意外な場所にあったことに驚いた様子。宇宙飛行士の野口聡一は、命がけで家族のもとへ帰ろうとするオデュッセウスに自身を重ね、「『生きて、帰る。』正義の名の下に戦った主人公の罪の意識。それを背負っての長い道のりに感嘆した」と述べた。糸井重里は「『ちいかわ』と同じような時期に、『オデュッセイア』が見られるというのは、いよいよ新しい『神話の時代』がきているのか」と、独特の角度から本作の到来を受け止めている。
変わり種は、M-1グランプリ2025準優勝のドンデコルテ・渡辺銀次だ。20年間故郷に帰れないオデュッセウスと、芸歴18年目でようやくブレイクした自身の歩みを重ね、「オデュッセウスは戦うこと10年、放浪すること10年。渡辺銀次41歳、私はくすぶり続けること18年」と表現。そのうえで172分という上映時間について「圧倒的なボリュームが圧倒的なスピード感で進む圧倒的な3時間。どうか膀胱を完全に空にしてからご鑑賞ください」と、きわめて実用的な助言を残した。
あわせて、参加型のSNS企画「#オデュッセウス俺の10年を聞いてくれ」も同日スタート。オデュッセウスの10年に及ぶ帰還の旅になぞらえ、仕事や人生で足掻いた自分の10年を投稿すると、オリジナルグッズが当たる。コメント全文は公式サイトで順次公開されている。

















