演技派俳優マッツ・ミケルセン
世間に衝撃を与えた俳優のジョニー・デップの映画『ファンタスティック・ビースト』シリーズ降板を受け、ジョニーが過去2作にわたって演じた闇の魔法使いゲラート・グリンデルバルド役を引き継ぐ役者として早い段階から名前が挙がり、その後、正式に抜擢されたことが発表されて注目を集めている俳優のマッツ・ミケルセン。
故郷デンマークでは「最もセクシーな男性」と呼ばれ、“北欧の至宝”とも称されるマッツは、日本ではテレビシリーズ『ハンニバル』のハンニバル・レクター役や映画『007/カジノロワイヤル』やマーベル映画『ドクターストレンジ』で演じた悪役、小島秀夫監督のビデオゲーム『デス・ストランディング(DEATH STRANDING)』のクリフォード・アンガー役などでお馴染み。
ハリウッド作品等では、おもに「ミステリアス」で「クール」な役どころにタイプキャストされることが多いが、本国デンマークやフランス、ドイツといったヨーロッパ発の映画では、良くも悪くも人間味あふれるキャラクターを演じることが多く、幅広い演技で観客を魅了している。
2012年公開の『偽りなき者』では、子どもの作り話がもとで変質者扱いされてしまい、世間から迫害されるも、孤立無援の中で自らの潔白を証明しようと奮闘する主人公という難しい役どころを熱演。その年のカンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞した。
酔いどれ演技がピカいち
そんなマッツは最新映画『Another Round(アナザー・ラウンド)』で酒の力によって日常がガラリと一変してしまう、冴えない高校教師を好演。同作は、第33回ヨーロッパ映画賞で最優秀作品賞、監督賞、脚本賞を受賞したほか、マッツが主演男優賞を受賞した。
日本語に訳すと「もう一杯」という意味にもなる『Another Round』は、血中のアルコール濃度を一定の度合いに保つと仕事の効率が良くなり、創造力がみなぎるという理論を証明するため、4人の高校教師たちが実験に身を投じる様子を描いたダークコメディ。
中年オヤジたちのアップダウンを描く同作の劇中では、もちろんマッツと共演者たちが酒に酔う様子が幾度となく登場するが、やはり、マッツの“酔っ払い演技”はピカいち。実際には、撮影中は飲酒をしていないが、本当に飲んでいるのではないかと疑ってしまうほど。
酔っ払い演技の「極意」
12月18日に『Another Round』がオンデマンドで米公開されたことにちなみ、米Entertainment Weeklyのインタビューに応じたマッツが、本作の役作りを通じて掴んだ「酔っ払い演技の極意」を明かしたのだが、彼が見出したコツが目からウロコだった。
酔っ払い演技と一口に言っても、千鳥足の「ほろ酔い」からベロンベロンの「泥酔」までさまざま。多くの俳優たちは、酔った演技こそが最も難しく演技の真骨頂であると話すが、その理由は、塩梅に注意しないとコミカルに見えすぎてしまったり、わざとらしく映ってしまうから。
酔っ払う演技が「すごくトリッキーで、俳優たちもそれをわかっている」と話したうえで、マッツは、それにはいくつかコツがあり、まず、そのうちの1つは、「グラス2、3杯、もしくは4杯くらい飲んだ後の『半酔い』の場合、僕らはどうアプローチしたらいいか知ってる。実生活でしているようにすればいいんだ。他人に自分が酔っているのを見抜かれるのは嫌だろう。だから、僕たちはそれを隠そうとする。それが正しいアプローチの仕方さ。いつもより動きを少しゆっくりめに、正確に、そしてはっきりと演技するんだ」と説明した。
酔った演技というと、「酔ったように見せよう」という意識がはたらくが、マッツいわく、その一歩先の「酔っているのに酔っていると気づかれたくない」という心理を表現すればうまくいくという。
さらに、「もっと難しいのは、喜劇俳優のチャーリー・チャップリンが劇中で披露していたような『泥酔』の演技」だと、マッツは、こう続けた。
「僕らはロシアのユーチューブ動画をたくさん見て研究したよ。人々が記憶を失うほど酔っぱらっている面白い例がたくさんあるからね。そこで学んだのは、酔うと転ぶっていうのはお約束だけど、酔うと、転んでも、咄嗟に手をついて自分を支えようとする使うのをやめてしまうということ。もう、顔面で着地しちゃうんだよね。それはすごくインスピレーションを得られる発見だったよ」。
まさか主演男優賞受賞俳優がユーチューブ動画を見て演技を磨いていたとは驚きだが、そこには、たくさんのヒントが落ちていたらしい。
「酒の力」とは?
撮影中は仕事モードに切り替えて飲酒はしなかったものの、撮影がスタートする前には共演者たちと合宿を行なって、「酒を飲むと人はどうなるか?」について、実際に飲酒をしながら考察してみたというマッツ。
アルコールを題材にした作品は、暗めのエンディングを迎えがちだけれど、『Another Round』では決して、酒によって身を滅ぼす男たちの物語を描きたかったわけではないそう。「人間は7000年も前から酒を飲んできた。そのことを人々に今一度知ってほしかった。その背景にはきっと何か理由があるはず。肩の荷を下ろすとか、インスピレーションを呼び起こすとか、電話を受ける勇気もない人が、思い切って電話をかけられるようになるとかさ」。
酒の力というものについて、正面から向き合った作品を作りたい。それが、マッツや、同作で『偽りの者』以来、彼と再びタッグを組んだトマス・ヴィンダーベアが目指したものだったよう。「(酒は)人をどちらの方向にも向かわせる。それって悪いこと?それとも良いこと? その答えはイエス(どちらでもある)だ」。
マッツの酔っ払い演技が光る『Another Round』は、現時点では日本公開は未定。いつか劇場公開、もしくは配信されることに期待するしかないけれど、マッツが明かした酔っ払い演技のコツは、一般人の私たちでも、何かしらの理由で酔ったフリをしたい時に使えるかも。(フロントロウ編集部)