Photo:ゲッティイメージズ,ニュースコム,Instagram/Julia Quinn
ドラマ『ブリジャートン家』に登場する、あるショッキングなベッドシーンが視聴者たちの間で議論を巻き起こした。制作者たちが、批判も承知でこのシーンを取り入れた真の狙いとは?(フロントロウ編集部)

※この記事には『ブリジャートン家』シーズン1のネタバレが含まれます。

『ブリジャートン家』のあるベッドシーンが物議

 2020年12月末の配信開始から社会現象的ヒットを記録し、シーズン2の制作も決定しているNetflixのオリジナルシリーズ『ブリジャートン家』

  米女性作家ジュリア・クインの歴史ロマンス小説シリーズ『ブリジャートン シリーズ』を原作とする同作のシーズン1は、小説シリーズ第1作目の『恋のたくらみは公爵と(原題:TheDuke and I)』をベースに、19世紀初頭のロンドン社交界を舞台に名門貴族ブリジャートン家の長女ダフネと悲しい過去を抱えるヘイスティングス公爵ことサイモン・バセットの恋の駆け引きが描かれた。

 最初は反発し合いながらも、社交界を欺き、お互いに利益を得ようという名目で“偽りの恋人同士”となったダフネとサイモンは、次第にお互いに惹かれるように。

 2人が結ばれるまでの思わず胸をキュンとさせるラブストーリーや、一見何の不自由もなく生活しているように見える貴族たちのさまざまな内面の葛藤を、多様性に富んだキャストとともに描いた『ブリジャートン家』の見どころの1つには、情熱的で過激なラブシーンが含まれ、女性の性の目覚めや性に対して開放的な描写も話題となった。

 しかし、シリーズ終盤の第6話、日本語版では「スカートの音」と題されたエピソードに登場するダフネとサイモンのベッドシーンに関しては、一部の視聴者たちの間で、「あれはれっきとしたレイプ」、「胸糞が悪すぎる」、「あんなシーンは本当に必要だったのか?」、「トリガー・ワーニング(トラウマなどを呼び起こしかねないシーンが含まれることを伝える事前警告)を添える必要があったはず」などと、ツイッターを中心に盛んに意見が交わされた。


女性主人公が男性主人公を「レイプ」するシーン

 問題のシーンとは、サイモンとの合意のうえでのセックス中に、ダフネが突然、主導権を握り、無理やり膣内射精させるというもの。

 幼い頃に父に愛されず、ほぼ虐待されるようにして孤独を味わいながら育ったサイモンは、父への復讐から自身は絶対に子孫は残したくないと心に決めていた。そのため、ダフネとのセックスの際には、毎回、射精の直前で性器を抜き出すという、当時、効果があると信じられていた方法で避妊していた。

 しっかりとした性教育を受けず、セックスや妊娠の仕組みについて知らなかったダフネは、サイモンは、「きっと身体的な理由で子供を作ることができないのだろう」と信じ込んでいたが、やがて彼の“裏切り”に気づき、怒りに燃える。

 その結果、いつものようにクライマックス直前で性器を抜き出そうとするサイモンを押さえつけ、強制的に膣内射精させてしまう。

 同意のない性的な活動は「強姦」または「性的暴行」にあたる。同意の有無は、行為の最中でも変えることができ、問題のシーンで明らかに戸惑う様子を見せ、「待ってくれ」と阻止しようとするサイモンを無視したダフネの行動はレイプといえる。

 それだけでなく、妊娠を望まない相手(男女問わず)に対して生殖的強制を行なうことは、近年では犯罪とみなされることも多く、相手の同意を得ずにセックスの最中にコンドームを外したり、損傷させたりする「ステルシング(stealthing)」と呼ばれる行為には、有罪判決が出されたケースもある。

 2014年には、カナダでコンドームに穴をあけた男性に性的暴行の有罪判決が出されたほか、2017年には、スイスでセックスの最中にコンドームを外した男性が強姦の罪で有罪に、2018年にはドイツで「ステルシング」が性的暴行とみなされ、男性が有罪判決を受けた。


原作とは違う手法で取り入れられた

 原作小説『恋のたくらみは公爵と』では、ダフネがサイモンの子種を強制的に搾取するシーンは、ドラマとは違った方法で描かれている。

 原作では、ダフネが酒に酔って帰ったきたサイモンが眠っている間に、完全に同意なく性行為をはじめ、膣内射精させてしまう。

 この一幕は、2000年に原作小説が刊行されて以来、多くの読者たちから問題視されてきたが、ドラマ版では、“最初は合意の上”という点や、サイモンの意識がはっきりしているという点で少しマイルドな表現に。

 サイモンを演じるレゲ=ジャン・ペイジは、該当のシーンが原作とは違う方法で描かれたことは「すごく良かったと思っている」と個人的な見解を米Oprah Magazineに話している。

画像: レゲ=ジャン・ペイジ

レゲ=ジャン・ペイジ


『ブリジャートン家』制作者の思惑

 物議を醸したレイプシーンも含め、『ブリジャートン家』に登場するラブシーンはすべて、「インティマシー・コーディネーター」と呼ばれる、キスシーンやベッドシーンの専門家による監修のもと撮影が行なわれた。

 ダフネ役のフィービー・ディネヴァーがとても心強い存在だと絶大な信頼を置く、インティマシー・コーディネーターのリジー・タルボットは、問題のレイプシーンについて、「人々が性的同意に関して議論を交わす貴重なきっかけを生み出すことができたと思う」と米Insiderにコメント。「ジェンダーに関わらず、それ(性的同意というもの)がどういったものなのか」について話し合う機会を作れたはずだと続けた。

レゲとフィービーに囲まれるインティマシー・コーディネーターのリジー・タルボット。

 このリジーの言葉は、『ブリジャートン家』のショーランナーであるクリス・ヴァン・デューセンの思惑を反映したもの。

  くわえて、クリスは、ダフネというキャラクターを完璧なヒロインではなく、欠点があり、問題のある選択をしてしまう人物として描きたかったという。

 『ブリジャートン家』のシーズン1を通して強調されるように、物語の舞台となっている摂政時代は、女性たちが結婚して子供を産み、家庭を築くことこそが“女性の幸せ”であると教えられていた時代。

 クリスは、「女性たちが、妻として、母としての役割以外には何の価値もないと信じさせられていた時代であることを忘れてはいけません」、「ずっと体を重ねてきた男性が、(生殖という)重要な問題についてウソをつき、自分を騙していたと知ったときのダフネの心情は想像を絶するもの。彼女が最終的に及んでしまった行為は、とても複雑な、人間としての選択です。自分の信じる事をしたまでなのです」と、レイプを正当化するわけではもちろんないものの、その行為に手を染めてしまったダフネの内面の葛藤には着目すべきだと米Esquireに語っている。

ショーランナーのクリス・ヴァン・デューセン(中央)。

 「語り手としては、ダフネが下す決断を批判することはできません。でも、彼女がなぜ、そんな決断を下してしまったのかということを理解しようとするのは重要なこと。私たちのショーは、複雑で、決して完璧ではない女性キャラクターを描こうとしているのです」。


もっとできる事があったはず?

 問題のレイプシーンには、サイモンとの行為を終えたダフネが、そそくさと彼の体から離れ、なぜ本当のことを教えてくれなかったのかと彼を叱責するシーンが続く。

 この事件をきっかけに、2人の仲は険悪に。最終的には夫婦の絆を取り戻すというラブストーリーとして幕を閉じるものの、レイプ被害に遭い、生殖を強制されたサイモンの心情に関しては、ダフネの苦悩ほどは事細かに描写されない。

 視聴者の中には、ダフネに感情移入するあまり、彼女がした事が、そこまで悪い事だとは気づかない人もいるかもしれない。

 そういった理由から、世間では、もしも性的同意の重要さや何がルール違反に当たるのかについて取り上げたいのなら、サイモン側のストーリーももっと丁寧に描くべきであり、さらに、やはり、トリガー・ワーニングをつけ加えるべきなのではないかという意見もある。

 こういった感想も踏まえて、新たに制作される『ブリジャートン家』シーズン2がどんな角度から、性の問題に切り込んでいくのかに期待が高まる。(フロントロウ編集部)

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