賛否両論の『エミリー、パリへ行く』
フランス語も話せず、右も左も分からないアメリカ人女性エミリーが、とあるきっかけで“華の都”パリに移り住み、持ち前のバイタリティと前向きさで恋に仕事に奮闘するNetflixのオリジナルシリーズ『エミリー、パリへ行く』。
映画『テッド・バンディ』『トールキン 旅のはじまり』のリリー・コリンズが主演を務め、ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』の名プロデューサー、ダーレン・スターとデザイナー兼スタイリストのパトリシア・フィールドが再びタッグを組んだ同作は、新型コロナ禍で、今となっては足を延ばすのが難しいパリに“行った気”になれ、煌びやかなファッションやめくるめくような恋が疑似体験できる現実逃避にピッタリな大人のファンタジーとして、全世界でヒットを記録した。
一方で、本国フランスの批評家たちからは、劇中でのフランス人の国民性や仕事に対する姿勢などの描き方に「悪意を感じる」、「ステレオタイプを助長する」と不満が噴出。エミリーの出身地であるアメリカの視聴者たちからも、「さすがにあんなに空気が読めないアメリカ人女性はいない」、「ストーリー展開や演出が時代錯誤」などと、ネガティブで厳しい評価も見られた。
ゴールデン・グローブ賞へのノミネートが物議を醸す
そんな賛否両論の『エミリー、パリへ行く』は、日本時間の3月1日に授賞式が行なわれる第78回ゴールデン・グローブ賞で、コメディ/ミュージカル部門の作品賞にノミネート。さらに、主演のリリーが同部門の主演女優賞にノミネートされた。
同作のノミネートは、正直、世間では誰も予期しておらず、2月頭にゴールデン・グローブ賞のノミネートが発表された際にはネットが大荒れ。
ノミネートに反対する声も上がり、同作が選ばれるのなら、レイプを題材としつつもコメディ要素も含み、ストーリーを通して効果的に問題提起をした作品とした、制作・脚本・監督を担ったミカエラ・コールの実体験をもとにしたHBOのドラマ『I May Destroy You/アイ・メイ・デストロイ・ユー(原題)』や、Netflixでの配信開始28日間で視聴世帯数8200万という前人未踏の記録を打ち立てたドラマ『ブリジャートン家』といった作品を入選させて欲しかったという意見も。
『エミリー、パリへ行く』の制作陣の中にも、ほかの作品を差し置いて同作がノミネートされたことにショックを受けた人もおり、脚本家のデボラ・コパケンは、『エミリー、パリへ行く』の入選は喜ばしいものの、『I May Destroy You』が漏れたことは「間違っている」と英Guardianに寄せたメッセージのなかでコメント。エンタメ業界やそれを取り巻く業界のシステムに問題があると指摘した。
HFPA会員たちへの「接待疑惑」が浮上
フロントロウでも以前解説したが、映画・ドラマ界で最も権威あるアワードと言われ、最も注目を集めるアカデミー賞の前哨戦の1つであるゴールデン・グローブ賞のノミネート・入賞を決めるのは、同アワードを主催するハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)の会員たち。
アメリカの南カリフォルニアを拠点とする記者たちを対象としするHFPAの会員の国籍は、アフリカやアジア、ラテンアメリカ、中東、ヨーロッパ、オーストラリアなどと、さまざまだけれど、投票権を持つ会員の数は約90名。1万人規模のアカデミー賞と比べると、約100分の1とだいぶ少ない。
会員たちには、毎年、部門ごとに1人5票ずつが与えられ、1位から5位のランキング形式で投票し、ノミネート作品・俳優が決定する。
ゴールデン・グローブ賞に関しては、以前から、スタジオからの賄賂や制作陣や出演者によるHFPA会員への根回しに関するウワサがささやかれており、2020年8月に新規入会を拒否されたことを不服としてHFPAを訴えたノルウェー人記者のキエルスティ・フラー氏は、会員たちがスタジオや放送局からゴールデン・グローブのノミネート選出に際して「何千万ドルもの報酬を受け取っている」と主張。
フラー氏の訴えは、11月に棄却されたが、これがきっかけで米L.A. Timesが調査に乗り出し、新たに得られたHFPA前広報担当のマイケル・ラッセル氏の証言により、2019年、『エミリー、パリへ行く』の制作を行なったパラマウント・ネットワーク(※)が30名以上のHFPA会員をフランスで行なわれていた撮影現場に招待し、勢の限りを尽くしたおもてなしを行なったという疑惑が浮上した。
2020年7月にNetflixに移行することが発表。
L.A. Timesはラッセル氏への取材をもとに、会員たちが1泊あたり1400ドル(約14万6千円)以上する5つ星ホテルのペニンシュラ・パリ・ホテルに2泊滞在し、ロケ地の1つとなった縁日博物館でのニュースカンファレンスやランチを楽しんだりと特別待遇を受けたと伝えており、参加者たちは、「王様や女王様のようにもてなされた」という。
このイベントには、HFPAとは関係のない批評家やメディア関係者も招待されたといい、これらが接待にあたるか否かや『エミリー、パリへ行く』がゴールデン・グローブ賞にノミネートされたことに直接関係があったかは定かではないが、ある匿名の現HFPA会員は、疑惑のある同作が入選を果たしたことは、「私たち(HFPA)には変化が必要だと言われる一例」だとコメント。「こんな事が続けば、(世間からの)批判や冷笑は避けられない」と続けている。
米Us Weeklyによると、HFPAは、会員たちにスタジオやプロデューサーから125ドル(約1万3千円)以上のギフトを受け取ってはいけないというルールを課しており、『エミリー、パリへ行く』が主催したイベントに参加した会員たちは、HFPAの名義の航空券を使用したわけではなく、確かに報じられたホテルには滞在したものの、団体価格の部屋に宿泊したと関係者が説明している。
過去にも「接待疑惑」が
L.A. Timesの報道について、パラマウント・ネットワークとNetflixは現時点ではコメントしていない。
HFPAの会員たちが出張と銘打った接待を受けたという疑惑が持ち上がったのは、今回が初めてではなく、2011年にゴールデン・グローブ賞の映画部門のコメディ/ミュージカル作品賞にノミネートされたシンガーのクリスティーナ・アギレラやシェールが出演したミュージカル映画『バーレスク』に関しても、複数名の会員たちが超豪華ラスベガス旅行に招待される形で賄賂を受け、会員たちを相手にシェールのプライベート・コンサートまで行なわれたと報じられた。
同年の授賞式の司会を務めたイギリス人毒舌コメディアンのリッキー・ジャーヴィスは、この件について、ステージ上で堂々と「賄賂だなんて。HFPAの何人かの記者たちが、シェールのコンサートに連れていかれただけでしょう?」などと皮肉ってみせたが、今年のゴールデン・グローブ賞授賞式では、『エミリー、パリへ行く』のノミネートや接待疑惑をイジるジョークは飛び出すことになるのか、何か後ろめたいことがあるHFPAの会員たちは、もしかしたら今頃、戦々恐々としているかもしれない。(フロントロウ編集部)