ビリー・ポーターが「HIV感染者」であることを公表
アカデミー賞やメットガラといった権威あるイベントのレッドカーペットでジェンダーの枠組みにとらわれない自由でド派手な着こなしを披露して、ファッションアイコンとしても注目を浴びる俳優兼シンガーのビリー・ポーターが、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染者であることを米The Hollywood Reporterに寄せたエッセイを通じて初告白した。
ビリーが「HIV陽性」の判定を受けたのは、今から約14年前の2007年。当時、2型糖尿病と診断され、さらにその翌月には破産申請用紙にサインしなければならないほど金銭的に窮地に陥っていたというビリー。それに追い打ちをかけるようにして、気軽に受けた半年ごとに行なっていたHIV検査の結果、医師から告げられたのが「陽性」という診断だったという。
母にだけはどうしても言えなかった
敬虔なペンテコステ派のクリスチャンの家庭に生まれ、HIV陽性の判定を受けることは「天罰だ」と考えられていたなかで、同性愛者である自身のセクシャリティの件ですでに負担をかけていると感じていた自身の母にだけは、どうしても陽性判定を受けたことを伝えることができずにいたというビリー。
仕事の関係者や友人など、知る必要がある人たちには自身がHIV保有者であることは伝えていたものの、キャリア面で不利になったり、心無い人々から差別を受けたりするのではないかという不安から世間には公表してこなかったと説明している。
ビリーがHIV陽性を公表することを決断するに至った背景には、パンデミック禍で受けるようになった過去のトラウマに関するセラピーがあるそう。
「生まれた瞬間からクイーンだった」という理由で、5歳で人生初の心理カウンセリングを受けたというビリー。「7歳から12歳まで継父から性的虐待を受けていた」、「世間がエイズ危機の真っただ中だった16歳の頃にカミングアウトした」とエッセイの中で明かしたビリーは、幼い頃から抱えてきた複雑な問題とセラピーを通じtて改めて向き合ったことで、母にようやくHIV陽性について打ち明ける決心がついたという。
母と妹と。
ビリーは、「母が死ぬまで、絶対にそのことは伝えないと心に誓っていました。母を老人ホームに入居させた頃には『もう長くはないだろう』と考えていましたし、母が亡くなってから自伝本でも書いて、その中で告白すれば、母はHIV陽性の子供をもってしまったという恥とともに生きなくても良いと思ったのです。それから5年が経ちますが、母はピンピンしています」と綴ったうえで、ついに母に事実を告げたときのリアクションについても振り返った。
「母は『こんな秘密を14年間も抱え続けていたの? もう二度とそんなことしないでちょうだい。私はあなたの母親なのよ。何があっても、あなたのことを愛しているに決まってる。確かに昔はどうしていいか分からなかったかもしれないけど。もう何十年も経ってるじゃない。今は違う』と言いました」。
HIV感染者としての実体験を役作りに生かす
ビリーが2018年から出演し、現在米FXで放送されているシーズン3をもって終幕となるドラマ『POSE/ポーズ』は、1980年代のニューヨークを舞台にボール・カルチャーを通してアフリカ系とラテン系のLGBTQ+コミュニティのリアルを描いた作品。
ビリーは、同作で迷えるLGBTQ+の若者たちを導く“父親”のような存在であるプレイ・テルを演じ、同性愛者であることをオープンにしている黒人男性として初めて、2019年のプライムタイム・エミー賞で主演男優賞を受賞した。
『POSE/ポーズ』の舞台となっている1980年代は、HIVやエイズがLGBTQ+コミュニティで猛威を振るっていた時代。劇中でも、その脅威やウイルスとともに生きる人たちの姿が描かれているが、ビリーはHIV保有者である自身の実体験を役づくりに反映してきたという。
「HIV陽性とはこういうもの」
医療の進歩により、現在ビリーの体内には検査でも検出できないほどのウイルスしか残っていないといい、エイズを発症することなくここまで普通の暮らしを送って来られたという事実も、まだまだHIVやエイズについて誤解している人が多い世の中に「HIV陽性とはこういうもの」という1つの例として、自身の感染を公表する自信につながったそう。
ちなみに、現在の医療では、HIVを体内から完全に排除できる治療法はまだない。しかし、抗HIV薬によってエイズ(※)の発症を防ぐことで、長期間にわたり健常時と変わらない日常生活を送ることができるうえ、HIV保有者ではない人と変わらないくらいの寿命が期待できる。
※エイズ(AIDS/後天性免疫不全症候群)とは、HIVへの感染によって免疫に重要な細胞が減り、さまざまな病気を発症する状態のことをいう。エイズを発症してしまうと命を脅かす重度の症状を引き起こしやすくなることから、かつては“不治の病”と考えられていたが、現在は適切な治療を受けることで“治らない病気”ではないという認識が広まっている。
また、HIVを保有する人に触れたり、その人が触れた物に触ったりすることでHIVに感染するという偏見もあるが、WHO(世界保健機関)はHIVの感染経路について、「感染した人の血液、母乳、精液、膣分泌液など様々な体液との接触」が挙げられるとした上で、「キス、抱擁、握手といった日常生活での接触や、個人で使用する物品、食品、水を分け合う」といった接触では感染しないと報告している。
近年、こうしたHIVへの偏見を変えようとする動きが進むなか、ビリーは「自分は生き抜いた。だからこそ、この物語を伝えることができる。それが自分の使命」ともエッセイの中でコメントしている。(フロントロウ編集部)