生理前のメンタルの不調「PMDD」
生理前(月経前)になると現れる、下腹部や胸の張り、頭痛、腹痛、めまい、肌あれ、イライラなどのつらい症状。これらの月経前の心身の不調のことを「PMS(月経前症候群)」と呼び、月経がある女性のおよそ7〜8割が経験しているとされている。
そんなPMSの諸症状のうち、抑うつ気分、不安・緊張、情緒不安定、怒り・イライラなどの“メンタル面”の症状が強く目立つのが「PMDD(月経前不快気分障害)」。
PMSでもイライラや抑うつなど精神症状が現れる人も多いけれど、PMDDの場合は「日常生活に大きな支障をきたすほど精神症状が強く出ること」が大きな特徴。
じつはエディター自身も、生理前のメンタル面の不調に悩まされてきた人間のひとり。わけもなく突然大きな絶望感におそわれたり、イライラして涙が出たり、感情のコントロールができないほど情緒不安定になったりなど、とくに精神症状が出やすく、身近な人に当たることもしばしば…。
そんなときに知ったのが、生理前のメンタルの不調「PMDD」。世界には自分と同じような症状で悩んでいる人が意外に多いこと、そしてPMDDにも対処法があることを知り、少し気持ちが楽になったのを覚えている。
一方で、日本でのPMDDの認知度はまだまだ低く、名前を知っていても詳しく理解していない人がほとんど。そのため、生理前にメンタル面で不調があっても相談先が見つからず、ひとりで悩みを抱えている女性も多いそう。
そこで、漢方内科・婦人科を診療する医療法人幾嶋医院で院長を務める幾嶋 泰郎医師に、PMDDの特徴や対処法、セルフケア方法などについて話を聞いてみた。
PMDDとは?どんな症状がでるの?
PMDD(月経前不快気分障害)とは、月経(生理)の数日前から起こるココロの不調のことで、月経が来ると2〜3日で症状が弱まり、やがて消えていくのが特徴。
幾嶋医師によると、月経前に「イライラ」や「ゆううつ感」があるのはごく自然なことで、大半の女性は治療を必要とするまでもなく、問題が大きくなることもないそう。しかし、ごく一部の女性に限り、日常生活さえもままならないほど著しい精神症状がみられる場合がある、とフロントロウ編集部に明かした。
実際に、フロントロウ内で1000人以上を対象に行なったアンケート調査でも、『生理前・生理中は日常生活に比べてどのくらい気分が変わりますか?』という質問に対し、4.2%の人は「気分が落ち込んで何もできない」と回答。さらに19.5%の人が「気分が落ち込んで日常生活にとても支障がでる」、42.9%の人が「気分が落ち込んで日常生活に少し支障がでる」と答えている。
幾嶋医師は、「PMS(月経前症候群)の徴候を示す女性のうち、およそ5~8%の方は、PMDD(月経前不快気分障害)の可能性があるとされています」と話し、全体の数としては少なく見えるが「症状レベルは極めて深刻です」と説明。
PMDD(月経前不快気分障害)の症状について、幾嶋医師は、「非理性的、攻撃的、敵対的、暴力的な行動がみられることがあります。あるいは重度の抑うつ感から自殺企図があるかもしれません。これらは突発的であり、その行動がみられる間、本人は完全に自制心を失っています」と指摘。
また、PMDD(月経前不快気分障害)は「月経前」もしくは「月経中」にのみ症状が現れるのも大きな特徴のひとつ。
幾嶋医師は、「(PMDDの)こうした症状は、常にみられるわけではなく、月経開始から数日後には消失し、少なくとも排卵期までは、理性的で平穏、活発的な行動がみられます」とコメント。メンタル面での症状のつらさに加え、周囲の人には分かりにくいため、理解を得られずにひとりで抱え込んでしまうケースが多いという。
PMDDを緩和するためには?
PMDD(月経前不快気分障害)を緩和させる方法は、とにかく不満やストレスを溜めないこと。
エクササイズ、ヨガ、瞑想、マインドフルネスなど適度にストレスを発散して心身ともにリフレッシュしたり、家族や周囲の人々との間に何か不満を抱えている場合は、症状の現れない穏やかな時期に、そのことについて相談してみたりするのも良いそう。
また、本人のセルフケアはもちろんのこと、周囲のサポートと正しい認識も重要。
幾嶋医師は、「(PMDDに悩む女性の中には)ある時期のみ、突然、内側で何かが爆発するような感じがあり、“もしかしたら、いつか人を傷つけてしまうかも知れない”と不安を抱えていたり、暴力を揮った後に“またやってしまった”と落ち込んでしまったり、自分の感情をコントロールできないことに悩んでいます」と説明。
PMDDの症状があるときは、家族や周囲のサポートを受けやすくするためにも「本人が症状の現れる時期をしっかりと把握し、周囲の方にもきちんと伝えておくことが大切です」と幾嶋医師は話す。
第三者に相談することもひとつの手
ほかにも、幾嶋医師は「もし周囲の人に相談できないのであれば、第三者に話を聞いてもらうだけでもずいぶん違ってくると思います。その際は、信頼できる相手を選ぶことが大切です。 また、同じ悩みを抱える方達と交流を持つことも、大きな支えになると思います」とアドバイス。
さらに、幾嶋医師は「それでも改善が難しいようであれば、決してひとりでは悩まず、産婦人科、精神科、保健所などで相談しましょう。PMDDの女性の抑うつが危篤なものになると、自虐行為がみられるかもしれません」と話し、PMDDによるメンタルの不調が重症化する前に、早めに専門の医療機関へ相談するよう呼びかけた。
PMDDは何科を受診すればいい?
では、「自分はPMDDかもしれない…」と思ったときは、何科を受診すればいいのだろうか。
PMDD(月経前不快気分障害)の治療は、基本的には「心療内科」もしくは「精神科」で行なうことが多いけれど、もちろん「婦人科」でも診断できる。
PMS(月経前症候群)の諸症状も含めて、まずは婦人科に相談してもOK。婦人科でなら、ホルモンバランスの状態や他の婦人科系疾患の可能性なども調べてもらうことができ、そこでPMDDと診断がつけば、患者の希望に応じて、心療内科や精神科での治療に移行することもできるし、心身からのアプローチもできる。
PMDDの診断基準については、2013年にアメリカ精神医学会によって制定された「PMDDの定義(DMS-Ⅳより改変)」というものあり、これを参考にしながら、それぞれの患者の状態をみて医師が診断をつけていくのだと幾嶋医師は説明する。
PMDDはどうやって治療するの?
幾嶋医師によると、PMDD(月経前不快気分障害)は、放置するとうつ病まで進行する症例があり、PMDDをうつ病の前段階としてとらえる考え方があるそう。
そのため、幾嶋医師は「PMSでよく使われている低用量ピル(避妊薬)は、PMDDではあまり有効ではありません」と話し、西洋医学ではSSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)などの軽症うつ病で使われている抗うつ薬などが使用される傾向があると説明。
一方、東洋医学においては「冷え性」を改善することがPMDDの治療に効果的だという。
幾嶋医師は、「冷え症で使われる漢方薬のなかには、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)というものがあります。この漢方薬には“怒り”をコントロールする効能があることが次第に明らかになり、実際使ってみると“自分の怒りが消えていくのがわかる”と表現される方もおられるぐらいよく効くことがあります」と説明。
続けて、幾嶋医師は「実際、PMDDの人は冷え症があるにもかかわらず、その自覚がないまま無治療のまま放置されていることもあります。ぜひPMDDの方は冷え症の自覚をもって、漢方に詳しい医師の下で当帰四逆加呉茱萸生姜湯をお試しいただければ、その効果に驚かれることでしょう」と述べた。
生理が始まる2週間前ごろからココロが不安定でとてもつらい状態の「PMDD(月経前不快気分障害)」。幾嶋医師も「日本国内でPMSという言葉が知られるようになったのは、ここ数年のことであり、PMDDの社会的認知度はまだ低いといえます。そのため、本人は症状を自覚していながらも、それがPMDDのせいだと気づかず、周囲の方も、そのような女性を前にして戸惑うこともあるでしょう。薬物治療と並行して、少しでもPMDDの理解を深めていただくことも大切だと思います」と締めくくった。
(取材:フロントロウ編集部)
教えてくれたのは…幾嶋 泰郎医師
医療法人幾嶋医院(福岡県柳川市)院長
公式サイト:https://www.ikushima.or.jp/