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世界を巡る50周年ツアー、TOTOが1本目に選んだのは日本だった

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BY FRONTROW Editorial Dept.
世界を巡る50周年ツアー、TOTOが1本目に選んだのは日本だった
画像提供:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル

「アフリカ」「ロザーナ」で知られるアメリカのロックバンド、TOTOが2027年3月にジャパン・ツアーを行なうことを発表した。結成50年を記念して世界のほぼ全大陸を巡るツアーで、その幕開けの地が日本になる。(フロントロウ編集部)

公演は2027年3月22日(月・祝)の大阪・Asueアリーナ大阪と、3月23日(火)の東京・有明アリーナの2公演。来日は“新生TOTO”としてのステージを見せた2023年7月以来、およそ4年ぶりとなる。50周年ツアー自体は2027年から28年にかけて世界をまわる規模のもので、その1本目が日本の会場から始まる形だ。

「最初の任務は、日本へ行くことだった」

バンドは今回のツアー決定にあたり、日本のファンに向けたコメントを出している。ギターのスティーヴ・ルカサーは「私たちのキャリアの初期段階から、日本は TOTO を支えてくれています。我々と日本の間には、互いに深い親愛の情があります」と語り、世界トップクラスのミュージシャンで固めたバンドのショーを届けるのが待ちきれない、と続けた。

より具体的なのはボーカルのジョセフ・ウィリアムスの言葉だ。「1986年にTOTOに加入しましたが、最初の任務はバンドに先駆けて日本へ行きプロモーション活動を行うことでした。日本への初めての旅でしたが、すぐに日本とその素晴らしい人々に魅了されました。あのツアーのことは、まるで昨日のことのように覚えています」。加入直後に単身で日本へ送り込まれた記憶が、40年経ってもそのまま残っているという話である。

結成メンバーのひとりであるキーボードのデヴィッド・ペイチも、「私たちの最大のヒット曲の多くが録音されてから半世紀が経過した今、これほどの年月が経った後も楽曲が新しい世代に発見され続けるとは、夢にも思いませんでした」とコメントを寄せた。ただしペイチ本人は今回のツアーには参加しない。来日メンバーはルカサー、ウィリアムスに加え、ウォーレン・ハム、ジョン・ピアース、デニス・アトラス、ライ・シスルスウェイト、キース・カーロックの7人となる。

スティーヴ・ルカサーとジョセフ・ウィリアムス
©Kristian Heat Reuter

シティ・ポップの音を、裏側で作っていた人たち

TOTOの結成は1977年。ボズ・スキャッグス『シルク・ディグリーズ』(1976年)のレコーディングに参加したジェフ・ポーカロ、デヴィッド・ペイチ、デヴィッド・ハンゲイトに、ジェフの弟スティーヴ・ポーカロと、その同級生だったスティーヴ・ルカサーが加わって生まれた。全員がLAのスタジオ・シーンで引く手あまただったセッション・ミュージシャンで、バンドである前に「他人のレコードを支える職人集団」だった経歴を持つ。

この出自は日本と無関係ではない。1970年代後半から80年代半ばにかけて、多くの日本人アーティストがTOTOのサウンドを参照し、実際にメンバーをレコーディングに起用していた。いま世界的に再評価されているシティ・ポップの音像は、こうした関わりのなかで形づくられた側面がある。ジョセフ・ウィリアムスが加入初日に日本へ飛ばされたのも、それだけ日本市場が重要だったからだろう。

レーベルの発表によると、メンバーが個人として参加したアルバムは通算5,000作以上、売上は合計5億枚にのぼる。そのなかにはマイケル・ジャクソンの『スリラー』も含まれる。バンド名義でもストリーミング再生は20億回を超え、「アフリカ」は2020年の1年間だけでプラチナから6Xプラチナへと再認定された。半世紀を経て新しい世代に見つけられ続けている、というペイチの言葉は誇張ではない。

チケットなど公演の詳細は、企画・招聘・制作を手がけるウドー音楽事務所の公演ページで案内される。

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