デミ・ロバート、トランプ大統領に宛てた「政治ソング」を発表
11月3日の米大統領選挙が迫るなか、シンガーのデミ・ロヴァートが、選挙に揺れるアメリカ国民の心情を表し、投票への参加を促す新曲「Commander in Chief(コマンダー・イン・チーフ)」をリリースした。
来たる大統領選では、民主党の大統領候補であるジョー・バイデン元副大統領に投票するという意志を公表しているデミ。
“最高司令官”を意味するタイトルの同バラードは、その名の通り、国の最高司令官、つまり現職のドナルド・トランプ大統領に宛てて書かれた手紙のような内容となっており、直接的に名指しにはしていないものの、トランプ大統領の政策や弱者に対する強硬な姿勢に不満や疑問を抱いているデミが、政治を変えるべきだと訴える歌詞が並ぶ。
以下、歌詞の一部をフロントロウが和訳。
「幼い頃に教わらなかった? 物事を自分勝手に扱えば、やがて破滅してしまうと/あなたが紡ぎ出したすべての物語にショックを受け、不快に感じたのは私だけじゃない/私はまだラッキーな方だって、もっと、充分なくらい苦しんだ人々はたくさんいるから/彼らはもう充分苦しんだでしょう?/私欲のためにシステムをシャットダウンして、向こう見ずな野心家と同じ様な戦法を使って、雨よ降れと祈って/(人々の)痛みに興奮するの?/私たちはあなたのゲームの駒なんかじゃない」
「最高司令官、正直に言うけど/もし、私があなたのような行動に出たら、夜も眠れないと思う、本当に/真実が解ってるの?/私たちは危機的状況に追い込まれている、人々が死んでいるんだよ/あなたがたっぷりと私腹を肥やしている間に/最高司令官、まだ息をしていられるのってどんな気分?」
「私たちは諦めない/母国の地に足をつけて立つ/あなたが身を潜めている間も、私たちは通りに出る」
サビの最後に登場する「まだ息をしていられるのってどんな気分?(how does it feel to still be able to breathe?)」という一節は、2020年5月に白人警官により殺害された非武装の黒人男性ジョージ・フロイドが最後に発した「I can’t breathe(息ができない)」という言葉になぞらえたもの。フロイド氏殺害事件をきっかけに全米各地で活性化した人種差別抗議デモ「ブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter/黒人の命も価値がある)」に際して、通りに出て行進を行なった人々を“憎悪の象徴”であると表現したトランプ大統領を皮肉っている。
さらに、トランプ大統領が、新型コロナウイルスへの感染後、早期退院してホワイトハウスへと戻った際、順調回復を強調しながらも、肩で息をするような仕草を見せていたことにちなんでいるのではないかと、一部のファンは推測している。
政治的意見を反映した楽曲のリリースに批判の声も
デミが、トランプ政権への批判や不信感を露わにした「Commander in Chief」をリリースしたことに反感を抱く人々もいる。
デミのもとには、彼女が政治色の濃い楽曲を発表したことを良く思わない人々から、インスタグラムを通じて辛辣な意見がいくつも寄せられており、デミはその一部を公開するとともに、彼らへの反論も公開した。
デミが「こういうコメントがいっぱい来てる…」とインスタグラムストーリーで公開したものには、彼女のファンからのこんなメッセージも含まれる。
ファン:
「この曲を出したことで、あなたとは異なる政治観を持つ人たちは、今後、あなたの歌を聞かなくなるっていう事に気づいてくれるといいけど。あなたの政治的な投稿に関心はないけど、この曲は行き過ぎてる。とくに、あなたの親族の大半は共和党支持者(※1)でしょ。私個人としては、今、ロヴァティック(デミのファンの愛称)の一人であることが恥ずかしい。でも、あなたの楽曲には、これまでたくさん救われてきたから、辛いけど、この曲のためだけにあなたへの想いを変えるなんてことはしない。デミトリア(デミの本名)、どうか今回の事があなたのキャリアを台無しにしてしまいませんように」
※1 トランプ大統領は、前回の選挙と同様、共和党の代表として11月の大統領選で再選を目指す
これに対し、デミは、次のように返信している。
デミ:
「セレブだからといって、私に政治的意見を持つ権利が無いなんてことはないって、あなたはわかってるよね?それとも、私たちセレブが、一生を通して、世間の人々を楽しませるためだけに存在しているわけじゃないってことを忘れてしまったの? 私たちだって同じ国で暮らす市民だし、みなさんと同じように、自分の意見を持つ人間だよ。あなたが私にこうあって欲しいと願ったり、期待しているアーティストと私には大きなギャップがある。悪いけど、私は、あなたの望み通りには、なれないよ。今回の事が自分のキャリアを崩壊させてしまったとしても、私はまったく気にしない。これはそういう問題じゃないから。私のキャリアにおいてそんな問題は大切じゃない。私は自分が信じるものを表現したアートを作ったの。たとえファンを失うリスクがあったとしても、私は作品を世に送り出す。仕事においては、いつだって、セールスよりも、誠実さを大切にしてる。あなたを失望させてしまったことを悲しんであげたいけど、私のようなクィア(※2)のヒスパニック女性には、自分の観点や信条がファンやあなたの家族をちゃんと喜ばせることができているかなんて気にしているヒマは無い」
※2 クィア(Queer)=LGBTQ」の「Q」のこと。使う人によって意味が変わるが、現代においては「異性愛者」や「生まれ持った心と体の性が一致している人」以外の人のことを意味する。デミは自身のセクシャリティについて、「フリュイド(流動的)」だと2018年の米InStyleとのインタビューの中で明言し、性別に関わらず恋愛対象になることを明かしている。
テイラー・スウィフトの政治的発言をめぐる世間の反応を引き合いに
欧米では、著名なセレブたちが政治に関して発言を行なうことが多いが、すべての人が彼らの政治的発言を喜ぶわけではない。セレブが政治的な考えや社会問題について意見を表明するたびに、SNSには誹謗中傷が書き込まれる。
デミの場合もその典型的な一例であり、デミにとっては、非難が寄せられることはあらかじめ想定内だったよう。
「Commander in Chief」のリリースに合わせて、米CNNとのインタビューに応じたデミは、デビューからしばらくの間、政治について口にするのをあえて避けていたものの、近年、政治に関して声高に発言するようになったシンガーのテイラー・スウィフトを例として挙げ、こう語った。
「行動を起こせば批判されるし、起こさなくても批判される。テイラー・スウィフトの件が、その完璧な例として挙げられるんじゃないかな。彼女は何年もの間、政治的立場を明らかにせず、出しゃばらないようにしてきたことで、こき下ろされた。でも、今では、率先して政治的な発言をするようになった。それでも、苦情を言う人がいるよね」
「私たちは、真の自分らしくいられる生き方をしなくちゃいけないと思う。私にとって、それは自分のプラットフォーム(情報発信の場)を活用して、自分が目にした悪について声を上げることなの」
過去にはテイラーを批判したことも
デミ自身、政治に対してなかなか声を上げようとしなかったテイラーに苦言を呈した人々の1人であり、テイラーについて、「少なくとも私は、気まずい話題に関してもちゃんと発言する。毎日24時間・週7日ずっと政治的に正しくあろうとするよりもね」とツイッターで皮肉を言ったこともあった。
デミは、2016年に起きたテイラーと元恋人でDJのカルヴィン・ハリスとのバトルでは、カルヴィンの肩を持ったほか、同年のインタビューで、テイラーについて「そりの会わない女性」だとコメント。2019年にデミのマネージャーであるスクーター・ブラウンが、テイラーの元所属レーベルのビッグマシン・レコードを買収した騒動でも、テイラーがスクーターを徹底的に批判した際、スクーターを擁護するなど、その後もテイラーとの間には不穏な空気が流れていると言われていた。
しかし、デミは、同年の9月にテイラーがアルバム『ラヴァー(Lover)』をリリースした際、「人生は短いんだから、女性は他の女性を支持しなくちゃ…。とくに女性が素晴らしい音楽をリリースした時はね。すごいよテイラー・スウィフト」と、テイラーに向けて賛辞のメッセージを送って歩み寄り。これに対してテイラーも、「本当にうれしい。笑顔が溢れたわ。ありがとうデミ」と反応し、素直にデミの言葉に感謝していた。
テイラーとは“同志”
テイラーもデミと同じく、11月の大統領選ではバイデン氏に投票する意向を明らかにしている。
I spoke to @vmagazine about why I’ll be voting for Joe Biden for president. So apt that it’s come out on the night of the VP debate. Gonna be watching and supporting @KamalaHarris by yelling at the tv a lot. And I also have custom cookies
— Taylor Swift (@taylorswift13) October 7, 2020
@inezandvinoodh pic.twitter.com/DByvIgKocr
デミが、かつては政治的言動へのスタンスについて批判していたテイラーを、なかば、“同志”のように例に挙げて表現したのは、今は、かつてわだかまりを持っていた相手とも手を取り合って、アメリカという国を変えるための選挙に本気で向き合う必要がある、と世間に伝えるためだったのかもしれない。
デミは、「Commander in Chief」のリリース後、インスタグラムストーリーでこんなメッセージも発信している。
「音楽は芸術。芸術とは表現することで、会話を生み出すためのもの。私たちは今、人生で最も重要な選挙へと向かっている。この曲は分裂を歌ったものじゃない。現職の大統領の行動から“答え”を見つけるためのもの。だから、みなさん、どうか、大いに議論して、投票について話し合ってください。この曲の目的はそれだけ」
(フロントロウ編集部)