Photo:アフロ/スプラッシュ、ゲッティイメージズ
2013年11月30日に交通事故により他界した俳優のポール・ウォーカー。彼が最期に残した言葉をご紹介。(フロントロウ編集部)

※この記事には、ポール・ウォーカーの死に関する直接的な表現が含まれます。

『ワイルド・スピード』の大切な“ファミリー”

 ポール・ウォーカーは、大人気カーアクション映画『ワイルド・スピード』シリーズなどで知られる俳優。同作では、ヴィン・ディーゼル演じる違法レーサーのドミニク・トレットに近づくための潜入捜査官、ブライアン・オコナー役として活躍した。

 大の車好きであった彼は、人気絶頂のさなか、プライベートで発生した自動車事故により、2013年11月30日に40歳という若さで、帰らぬ人となった。

画像: 『ワイルド・スピード』の大切な“ファミリー”

 撮影終了間近だったシリーズ7作目の『ワイルド・スピード SKY MISSION』の制作は一時中断され、追悼のための休養期間が設けられたのち、再開した。いくつかのポールのシーンは書き換えられ、未撮影だったシーンは、CGや、彼にそっくりだった弟たちを代役に使い撮影され、公開された。

 ポールは今でも『ワイルド・スピード』シリーズのファミリーの一員としてキャストやスタッフ、そして多くのファンたちから愛され続けている。

 今回フロントロウ編集部では、そんなポールの事故の詳細と“最期の言葉”をご紹介。

ポール・ウォーカーの事故の詳細と“最期の言葉”

 ロサンゼルスの検視官がポールの死の詳細を明らかにしたのは、彼の死から約1か月後のことだった。

 事故が起きたのは、ハリウッドから北へ約30マイルのところにあるカリフォルニア州サンタクラリタのビジネスパーク内の広い道路だった。

画像: ポルシェ・カレラGTに触れるポール・ウォーカー

ポルシェ・カレラGTに触れるポール・ウォーカー

 事故当時ポールは、ビジネスパートナーのロジャー・ロダスが運転する2005年製のポルシェ・カレラGTに試乗していた。二人を乗せた赤いポルシェは、時速45マイル(時速72.42キロメートル)で走るゾーンを、時速100マイル(時速160.93キロメートル)以上の猛スピードで走っていたそう。

 その後何らかの理由でロジャーが車のコントロールを失い、道端の電柱と木に激しく衝突。衝突時の衝撃は非常に大きく、車はほぼ真っ二つに割れていたという。

画像1: ポール・ウォーカーの事故の詳細と“最期の言葉”

 検視官の報告書によると、運転席側が電柱と木にぶつかった後、車はスピンし続け、ポールの乗った助手席側が別の木にぶつかって炎上。検視官はポールの死因を「外傷と熱傷の複合的影響」としており、彼の遺体は一目では彼だとはわからないほど酷い火傷を負っていたという。

 ポールと運転手の遺体からはドラッグやアルコールは検出されなかったが、顎や鎖骨、左腕の骨折など全身に及ぶ負傷が見られ、気管には少量のすすが付着しており、事故後に呼吸をした可能性があることも判明している。

画像2: ポール・ウォーカーの事故の詳細と“最期の言葉”

 ポールは事故の前、チャリティ活動のためのイベントに参加していた。そのイベント後、ロジャーが経営するカーショップで開催された募金活動の会場で展示された2005年製のポルシェ・カレラGTに試乗して事故は起きた。

 イベントでポールを見かけたポールの友人ジム・ソープは、記者団にポールがロジャーと一緒にポルシェに飛び乗る直前に話をしたことを明かした。

 その時にポールが発した言葉は、「おい、ドライブに行こうぜ("Hey, let's go for a drive.)」だったという。ポールの生前最期の言葉は、車好きとして知られるポールの、車に対する“愛”が伝わる言葉だった。

画像3: ポール・ウォーカーの事故の詳細と“最期の言葉”

 実は、映画『ワイルド・スピード』の最終章となる10作目には、ポール・ウォーカーが戻ってくる可能性があると監督が示唆している。現実では帰らぬ人になってしまったポールだが、『ワイルド・スピード』シリーズの中では、まだブライアンとしてその人生を生き続けているため、もしかしたら次なる作品で彼の姿をまた見られるかもしれない。(フロントロウ編集部)

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