ビリー・アイリッシュが初となる単独来日公演を有明アリーナで開催。会場全体も使いながら360度でアーティストとしての自身を表現していた圧巻のライブをレポート。(フロントロウ編集部)

どこを見渡しても“ビリー・アイリッシュ”だった有明アリーナ

 ビリー・アイリッシュの初となる単独来日公演が8月26日に有明アリーナで開催された。約1万2,000人を収容することのできる会場だが、2020年に史上最年少でグラミー賞の主要4部門を制覇してからは日本で観ることのできる初めての機会とだけあって、チケットは即ソールドアウトした。

 開演前から印象的だったのは、有明アリーナの敷地に一歩足を踏み入れた瞬間に、これがビリー・アイリッシュの公演会場だということがひと目で分かったということ。もちろん、常に続いていたグッズ売り場への長蛇の列が象徴していたように、ファッションアイコンでもあるビリーにインスピレーションを受けた服装やヘアスタイルで会場入りしていたファンが多かったのがその筆頭の理由だが、会場で見られた“ビリーらしさ”はそれだけではなかった。

 場外にある売店ではこの日、1日限定でヴィーガン・メニューとして「きゅうりの一本漬け」や「ホイップコーン」、「ポップコーン」が発売。これはヴィーガンであるビリーたっての希望だったという。加えて、気候変動への理解と行動喚起を目的とする音楽ライブイベント「Climate Live Japan」の看板も設置されていたように、環境を大切にするビリーらしく、持ち込める飲み物はマイボトルに入った飲料のみ。会場内には給水機が至る所に置かれていて、自由に水を補給できるという仕様になっていた。

 場外から見ることができた本公演の看板は、ビリーの顔写真と並んで「SOLD OUT THANK YOU!」と描かれたサイネージに限られていたが、それでも、様々な角度から、“ここはビリー・アイリッシュが公演を行なう会場”ということが伝わってきた。

初の単独来日公演は「bury a friend」からスタート

 ほとんど定刻通りに客電が落ちると、マスク着用が必須だったこの日の会場から歓声があがる。およそ4年間待ち続けていたファンの熱量の高さを実感していると、先に登場したドラマーのアンドリュー・マーシャルと、兄で共作者であるフィニアスに続いて、ステージ中央に床下から上がってくる形でビリーが登場した。

 ビリーのこの日の最初のヘアは、上のほうでお団子を2つ作る、いつも通りのアイコニックなスタイル。この日のステージ衣装として選ばれたのは、『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイと見られるキャラに「CRYBABY」というメッセージが描かれたTシャツで、ビリーがいつもステージで着用していることでお馴染みの、スクート・アパレル(SKOOT APPAREL)によるものだった。

 1曲目を飾ったのは、「When we all fall asleep, where do we go?(眠りに落ちたら、私達は 何処に行くの?)」という歌詞が歌われる「bury a friend」で、ここではもちろん、名刺代わりとも言える、身体を大きく後ろに反らすアイコニックなブリッジも見られた。このツアーは最新作『ハピアー・ザン・エヴァー』を引っ下げたものだが、2020年に予定されていた前回の『ホエア・ドゥ・ウィ・ゴー?』ツアーはパンデミックで来日公演を含む大部分が中止となっただけに、前回のツアー名でもあったこの歌詞が含まれた「bury a friend」を最新ツアーの1曲目に選んでいるのには、前回のツアーが不完全燃焼に終わってしまったビリーなりの、ファンへの思いが込められていたのかもしれない。

画像1: ©️Kazumichi Kokei
©️Kazumichi Kokei

 続けて、「I Didn't Change My Number」、「NDA」、「Therefore I Am」と、『ハピアー・ザン・エヴァー』の収録曲を披露したビリー。有名人でいることの苦労を歌う「NDA」と、自分のことをイメージだけで語る人々に向けたメッセージが綴られた「Therefore I Am」は、アルバムではサウンドが地続きになっている2曲だが、それを分かっている多くのファンから、この曲順に歓声があがる。「NDA」では、MVと同じく車が走っている道路を歩いているという演出がバックスクリーンやステージ上で再現されたが、この日の演出は一貫して至ってシンプルで、ライトに照らされるか、バックにMVがベースになったシンプルな映像が映し出されるかというもの。必要最小限の演出だったが、それがビリーの心情を反映した楽曲たちに見事にマッチしていた

「idontwannabeyouanymore」など初期の楽曲はメドレー形式で披露

 「東京、元気? また帰って来られて、みんなと会えて、嬉しい」と観客に挨拶した後で、「my strange addiction」、「idontwannabeyouanymore」、カリードとの「lovely」と、初期の楽曲を披露するセクションへ。この日の公演では、初期の曲は基本的にはメドレー形式で少しずつ披露していくという形で統一されていたが、それは“今の心情を歌っているわけではないから”という、ビリーなりの意図なのかもしれない。現在20歳のビリーは若くしてあまりに多くのことを成し遂げて、代表曲を次々に生み出してきただけに、たった数年前の16歳〜17歳の頃の楽曲すら、既に懐かしい曲に聴こえてしまった。そして、それらを必ずしも全編披露しなくても観客が十分に満足できてしまうというフェーズにいたのが、今回特に驚いたことの1つだった。

 初期の楽曲を披露する最初のメドレーは、「次の曲で、私がみんなに低くなるように言う瞬間があるから、みんな体制を低くして。できる限り最大限に体勢を低くするんだよ。そうしたらそこから、みんなでジャンプするの!」というMCの後で会場が1つになった「you should see me in a crown」で締め括られた。

 ビリーのMCもあって会場はすっかりインタラクティブな空気感に包まれることになり、フィニアスがステージ中央に降りてきて、『ハピアー・ザン・エヴァー』より披露された「Billie Bossa Nova」は、自然と巻き起こった手拍子に迎えられた。この時点でセットリストは緩急がかなり激しいものだったのだが、それをフラットに乗りこなしてしまえるのが、パフォーマーとしてのビリーのすごいところ。あくまで、自分が経験してきた感情を綴っているからこそ成せる技でもあるのだろうが、「GOLDWING」で「もっと大きな声で!」とシンガロングを煽った後で、再びバラード調の「Halley's Comet」へと移り、間髪入れずに激し目な「Oxytocin」、ダークな「ilomilo」へと続いたこのセクションを、ごく自然にこなしてみせたビリーは見事だった。

 この緩急はあくまでも等身大のもので、ビリーが実際に経験してきたジェットコースターのような感情面の変化を、そのままステージで反映したに過ぎないのだろう。そしてそれは、誰もが経験する感情面の変化をありのままの楽曲に落とし込めるという、シンガーソングライターとしてのビリーの魅力でもある。

画像2: ©️Kazumichi Kokei
©️Kazumichi Kokei

兄フィニアスとのアコースティック・セッションも

 ここでフィニアスがステージ中央に降りてきて、ビリーと2人で椅子に腰掛けながら、アコースティックのパフォーマンスへ。ビリーがフィニアスを観客に紹介して、兄にも観客への挨拶を促すと、「ハロー」と一言だけ発したフィニアス。彼が言葉を話したのはこれがこの日の最初で最後だったが、それはこの日はビリーが主役だということを分かっているからで、家族全員でビリーを全面的にサポートしているアイリッシュ家の一員らしさが、その一言に集約されていた。

 アコースティック・セッションの冒頭を飾ったのは「i love you」。ビリーはその囁くようなボーカルが特徴でもあるが、実際に目の当たりにすると、アリーナのような大きな会場でも、その囁き声に、空間全体に響き渡るほどの“強さ”があることに驚く。おかげで会場を訪れていた1人1人に寄り添ってくれるようなパフォーマンスとして届いていたように思う。

 MVに登場する大蛇が映し出されたスクリーンをバックに「Your Power」を披露した後で、「この曲は私にとってすごく意味のある曲で、すごく大切な友人に捧げた曲」だという、リリースされたばかりの新曲「The 30th」をパフォーマンス。この曲は、7月にリリースされたEP『ギター・ソングス』に「TV」と並んで収録されている楽曲で、ビリーは8月からのアジアツアーで2曲のうちのどちらかをパフォーマンスしてきたが、東京公演で選ばれたのは「The 30th」だった。

 フィニアスとのアコースティック・セッションを終えると、再び初期の楽曲のメドレーへ。この日披露された初期の楽曲の中でも特に歓声が大きかったように感じた「bellyache」からスタートした2度目のメドレーでは、「Ocean eyes」、「Bored」の3曲を披露した。

 キャリアの初期をサッと振り返るようなメドレーを披露したビリーが次に披露したのは、この3連発に続く曲としてピッタリな、『ハピアー・ザン・エヴァー』より、“年齢を重ねること”をテーマにした「Getting older」。幼少期の頃のホームビデオをバックに、小さい頃からビリーの成長を見守ってきたフィニアスのコーラスが添えられて披露されたパフォーマンスが後半に差し掛かると、ステージのビリーを映した映像に切り替わり、成長した現在の姿が映し出されるという演出もあった。

 この日の公演では曲が終わる毎に観客から歓声があがっていたし、一緒にシンガロングしている観客も多かったが、全員がマスクをしていたこともあり、ビリーにとっては歓声が「小さい」と感じたよう。「みんな本当に静かだよね。すごく驚くような経験で、私にとってはあまり慣れていないこと。すごくスイートでキュートだけど、緊張する(笑)」と本音を打ち明けた後で、この時には既にお団子をほどいて髪を下ろしていたビリーが披露したのが、「When the party’s over」だった。

社会的メッセージも発信したビリー・アイリッシュ

 ここからは、ビリーらしいメッセージが詰まった2曲のパフォーマンスへ。まず披露されたのは、気候変動をテーマにした「all the good girls go to hell」。会場周辺でも地球環境への配慮が見られたように、ビリーは地球環境を大切にしようというメッセージを積極的に訴えてきたことで知られており、バックスクリーンには、汚染された海や煙を排出する工場の煙突、山火事などの映像と並んで、「母なる地球を愛して」というプラカードが表示されていたほか、この日の会場にはプライドフラッグを持ち込んでいたファンもいたが、映像にはさりげなくトランスジェンダーのフラッグも映っていたことが印象的だった。

 そして、次の「everything i wanted」をパフォーマンスする前に、「次の曲では、みんなには心地よく、安全で、幸せな気分になってほしい。みんな一度スマホをおろして、会場を見渡して、この瞬間を感じて。みんながここに存在していて、一緒で、生きていることが素晴らしい。だからみんな目を閉じて。ここは安全な空間だから。深く息を吸って、息を吐いて。あなたは安全」と観客に呼びかけたビリー。

 メンタルヘルスについてのメッセージも頻繁に発信してきたビリーだが、「everything i wanted」は、“自殺防止”をテーマにした1曲。この曲のパフォーマンスで初めて観客のほうにカメラが向いて、アリーナの観客を映した映像がバックスクリーンに投影されたのだが、集まったファンの1人1人を映しながら、ビリーが「私がここにいる限り、誰もあなたを傷つけることはできないよ」と優しく歌い、“だからみんな安心してね”と語りかけているような姿が印象的だった。

ポップアイコンとしての役割を全うしたビリー・アイリッシュ

 パフォーマンスはクライマックスへ。イントロから会場が沸いた「bad guy」は、最初のフレーズからシンガロングの大合唱に迎えられたが、ビリーは“まだ足りない”と言わんばかりに、さらに手拍子を煽っていく。ビリーの人気を決定づけた1曲なだけに、この楽曲は最後に急展開するアウトロまで全編披露されたが、唐突に不穏な空気が訪れるアウトロで、すぐにバチっと不気味な表情に切り替えられてしまうところはさすが。赤いライトに照らされながら、最後は紙吹雪が舞うという演出で締め括られた。

 「これが最後の曲。私を迎えてくれてありがとう」という感謝の言葉の後に、この日のラストとして披露されたのは、『ハピアー・ザン・エヴァー』のタイトルトラックである「Happier Than Ever」。この楽曲を締め括る破壊力抜群のフレーズ「もう私を放っておいてよ(Just f* *king leave me alone)」を叫ぶように歌ったビリーは、最後にフィニアスのところへ。そこで約80分に及ぶこの日のパフォーマンスを終えたところも2人らしかったが、最終的にはドラマーのアンドリューとも合流して3人でオーディエンスにお辞儀。「goodbye」のBGMをバックに、ファンに投げキッスをしながらビリーはステージを後にしたが、アンコールを求めるオーディエンスの拍手はなかなか鳴り止まなかった。

画像3: ©️Kazumichi Kokei
©️Kazumichi Kokei

 本編を締め括った「もう私を放っておいてよ」というフレーズが象徴しているように、稀代のカリスマ性をまとってシーンに登場したビリー・アイリッシュは、まだ20歳ながら、必然的に多くのことを背負うことを余儀なくされてきたアーティストだと思う。それでも、米大統領選でジョー・バイデン現大統領のためにパフォーマンスして同世代の有権者に投票を呼びかけたことがあったように、ビリーはそうした自身の“アイコン”としての責任と向き合い、今回の来日公演でも、会場で地球環境のためのメッセージを発信したり、トランスジェンダーのフラッグを映したり、メンタルヘルスを気遣うメッセージを発信したりと、自分に求められている役割を全うした。

 もちろん、これらの社会的な発信がファンに響くのはビリーが本心から行なっているからこそだが、その等身大で親密な歌詞やパフォーマンスから、飾らないMC、ありのままのファッション、社会問題についての発信まで、初めての単独来日公演で“ビリー・アイリッシュ”というポップスターの全体像を見せてくれたビリー。音楽から、ファッションから、社会的な姿勢から、様々な角度からファンを獲得してきた彼女に限らず、とりわけ現代においてポップスターというのは音楽以外にも多くの役割を求められるようになっているが、20歳のビリーはそうした前線に立つ者としての責任に真正面から向き合い、それを会場となった有明アリーナ全体を使って360度で表現。そして、マイボトルを持ち込んでいた大勢のファンや、プライドフラッグを掲げていたファンなどが集まっていた会場を見渡す限り、それは紛れもなくポジティブな影響としてファンに伝わっていたと思う。(フロントロウ編集部)

 

 

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