アメリカとイギリスを発信源に世界で起きているトランス論争。中心人物のひとりである、『ハリー・ポッター』の作者J・K・ローリング氏は、「トランスフォビック」と批判する人もいれば、「女性の権利を守っている」と支持する人もいる。双方の見方がここまで異なる理由とは? 実際にどのような主張がされているのか? トランスコミュニティに何が起こっているのか? 専門家の見解などと共に騒動を解説する。

⑥ ジェンダー移行が「激増」していて、子どもたちが危険にさらされている

「イギリスでは移行治療を紹介される少女が4400%増加しました」(2020年6月のエッセイより)

「後になって後悔し、ジェンダー再移行を行なう人も増えている」(2020年6月のエッセイより)

「クロス・セックス・ホルモンの長期的な健康リスクは、現在、長期にわたって追跡調査されています」(2020年7月のツイートより)

 ローリング氏は「人にとってはジェンダー適合は(正しい)答えかもしれません」と言っており、ジェンダー適合ケアを全否定しているわけではない。しかし、ジェンダー移行を後悔する人のケースなどを理由に、ジェンダー適合が“簡単に提供されすぎている”という懸念を示している。

 ローリング氏が言う「4000%増加」したという数字は、イギリスで生まれた時に割り当てられた性別が女子である子どもがジェンダー適合治療を紹介された数(※治療数ではなく紹介数)が40人(2009~2010年)から1806人(2017~2018年)へと増えた件を指していると思われる。この増加の理由については調査が起こっているが、この分野でより多くのデータが存在しているアメリカでも、トランスに限らず、ゲイやレズビアンなどLGBTQ+であることを自認する人が、とくに若い世代を中心に増えていることをデータが認めている。このようなデータはよく、“LGBTQ+になるよう社会が教育している”という会話へと発展しやすく、LGBTQ+差別を助長させる。ただ実際には、“自認する人”が増えているよりも、社会が寛容になったおかげで“まわりにそれを言える人”が増えているという意味であると、アメリカで詳細にこのデータを調査しているGallupはしている

画像: ⑥ ジェンダー移行が「激増」していて、子どもたちが危険にさらされている

 ジェンダー移行後に再移行する人が存在するのも事実。調査の仕方はそれぞれ微妙に異なるが、ジェンダー再移行を追った主な調査では、スウェーデンのもので約2%、オランダのもので約1%、イギリスのもので8.3%、アメリカのもので13.1%とされている。

 そんなジェンダー再移行においては、2つの誤解がよく起こる。1つ目が、ジェンダー再移行する人=移行を後悔した人というもの。実際には、ジェンダー再移行には多様な理由があり、17,151人を対象としたアメリカの調査で出た13.1%という数字には、一時的なジェンダー再移行の数も入っているのだが、再移行をした理由として最も多かったのが親からの圧力、社会の不寛容、就職難だった。

 そして2つ目が、ジェンダー移行=医療介入というもの。ジェンダー移行は手術やホルモン治療のイメージが先行しやすいが、社会的な移行もジェンダー移行に含まれる。

 未成年のジェンダー移行においては、アメリカでは「ほとんどの若者にとっては、名前、髪の毛、着る服を新しくするという社会的なもの」だと、LGBTQ+を支援する米国最大の団体HRCは述べている。イェール大学医学部小児科助教授のMeredithe McNamara博士は、「(18歳以下の人が)ジェンダー適合手術をすることは非常に珍しいです」とPBS Newsに語っており、「全員が異なり、ジェンダー適合に対する願いは多様です。しかし大概の場合、ジェンダー適合手術は18歳以下では行なわれません。ジェンダー適合ケアに対する、政治的かつ誤解に基づいた議論の中では、大衆の恐怖を煽るために手術に過剰な焦点が当たっています」とした。ちなみに、この分野で著名なボストン小児病院では、性器への手術は「18歳以上の患者にのみ」となっている。

 未成年のジェンダー再移行については、米国小児科学会のサイトに2022年に掲載された最新の調査では、対象となった3~12歳の317人のうち94%が5年後もトランスだと自認していたそうで、トランスの子どもの「ジェンダー再移行の頻度は低い」と結論づけられた。この調査での“ジェンダー移行”にも社会的なジェンダー移行が含まれている。

 そして薬などを使った医療介入については、アメリカでの実際の件数を米ロイターとのコラボで調査した医療テクノロジー会社Komodo Healthは年々「増えている」としたうえで、その数は「少数」だとしている。その医療介入の内容は、まずは、“声が低くなる”といった男女の性差が身体に現れる思春期の出現を遅らせる二次性徴抑制剤/思春期ブロッカー(puberty blocker)の接種がある。こちらは接種をやめれば「身体的に元に戻る」とNHS(国民保険サービス)はしている。そしてその次の段階では、俗にいう女性ホルモンや男性ホルモンを接種するホルモン療法がある。これについてNHSは、胸の発育や不妊など「元に戻せない」リスクの可能性があるとしている。そしてその次の段階が手術だ。誤解がないように明示しておくが、アメリカでもイギリスでも、“病院に行って「トランスです」と言えば薬がもらえる”という現実はない。例えばイギリスでは、最低でも数ヵ月以上はカウンセリングが続き、医療介入に進むのは1割強。より体に影響があることほど厳しいガイドラインが設けられており、ホルモン治療に進むためには、リスクを含めた正確な情報を正しく認識出来ているとカウンセリングで証明していることや、16歳以上であること、最低でも1年は思春期ブロッカーを試したことといった条件がある。トランスジェンダーの人々全員がこういったケアを経験するということではなく、その人にとって何が適切なケアかは、適切な資格と知見を持った専門家との話し合いで決められていく。そして上記の医療ケアに関しては、米国小児科学会、全米医師会、ホルモン研究の専門家たちである米国内分泌学会も、必要な医療ケアだと認めている

 もちろん、副作用のない薬はこの世には存在しない。そのリスクは主要医療機関によって説明されており、研究が続けられている。では、専門家が主張する、そのリスクを超える利益とは何か? うつ病や自殺願望の低減だ。トランスジェンダーの若者は、LGBTQ+コミュニティの中で最も自殺の危険性が高いとされている。若者のうつ病や自殺願望を調べた調査では、LGBTQ+の若者は非LGBTQ+の人々に比べると4倍とされているが、トランスジェンダーはさらに、シスジェンダーのLGBQ+と比べて2~2.5倍であることが調査から分かっている。そして、ジェンダー適合ケアはそのリスクを低減する“命を救うケア”であることを主要医療機関がさまざまなエビデンスや調査結果から認めているのだ。

 そのような状況のなか、ローリング氏をはじめとしたジェンダー・クリティカル派のリスクばかりに焦点を当てた論調や恐怖を煽るような論調は、アメリカにおける18歳以下へのジェンダー適合ケアを全面禁止する法案の流行(次のページで記述)といった危険な動きへの土壌を作り出している、と批判を浴びている。

 一方で、ロイター通信が2022年12月に報じた記事では、ジェンダー移行を後悔した人がその経験談を語ると、オンライン上で「トランスフォビア」だと批判を受けたり、オンライン上でその経験を過小評価するような発言を受けたりするという問題も浮き彫りになっている。ごく一部であっても、ジェンダー移行を後悔している人の経験を理解することはより優れたジェンダー適合ケアの提供につながるため、その声に適切に向き合うことが求められている。

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