アメリカとイギリスを発信源に世界で起きているトランス論争。中心人物のひとりである、『ハリー・ポッター』の作者J・K・ローリング氏は、「トランスフォビック」と批判する人もいれば、「女性の権利を守っている」と支持する人もいる。双方の見方がここまで異なる理由とは? 実際にどのような主張がされているのか? トランスコミュニティに何が起こっているのか? 専門家の見解などと共に騒動を解説する。

本当に必要な議論の在り方とは

ツイッターは世論を表していない可能性

 ジェンダー・クリティカル派とトランス・インクルーシブ派の議論は、ツイッターで最も過熱しているように見える。では、ツイッターでの熱量は実際の世論をどこまで適切に反映しているのか?

 例えばイギリスでは、2022年に「KeepPrisonsSingleSex(※)」というハッシュタグが数日にわたりツイッターでトレンド入り。イギリスの上院にあたる貴族院でもこの件が議題として挙がった。ただその後、ファクトチェック機関であるLogicallyの調査で、匿名のアカウントたちが、ツイートを投稿し、お互いをリツイートし合い、数日後に消滅するという行為に及んでいたこと、つまり、ボットアカウントがハッシュタグの使用数を増幅させていたことが明らかになった。

 2022年に5,000人のイギリス国民と20のフォーカスグループを対象に詳細な調査を行なったMore In Commonは、「ほとんどの英国人は、トランスの人々が受け入れられ、快適に過ごせるよう、社会ができる限りのことをするという思いに根付いた、微妙に異なる、思いやりのある向き合い方をしています」としたうえで、ジェンダー論争はイギリス人が考える“国が抱える重要課題”の調査では選択できる16項目中最下位(2%)だったというデータを公開。「英国議会やソーシャルメディア上で展開されている分断的な議論は、この問題に対する国民の向き合い方とはリンクしていない」とした。

※「#KeepPrisonsSingleSex」は、英The Timesが『トランスの囚人、女性用刑務所から釈放されると「また性別が入れ替わる」』という記事を掲載したことを受けて誕生した、女性用刑務所にトランス女性を入れることに反対するハッシュタグ。この記事では、この分野における数少ない調査論文が引用されているのだが、実際の論文に書かれている内容のうち記事の主旨に合わない情報は完全に除外されており、ファクトチェック機関Logicallyは、情報を「都合良く選ぶ行為」によって「有害な誤った表現を多くしている」と批判している。

画像: ツイッターは世論を表していない可能性

社会はツイッターよりも寛容、常識的な礼儀と思いやりで向き合うべき

 これから議論はどこに進んでいくべきなのか? これに関しては様々な見解があるだろうが、前述のMore In Commonの調査結果とコメントは見過ごされるべきではないと思う。

 More In Commonによると、イギリス国民を対象にした調査では、例えばオンラインでは意見が割れやすいトイレ問題においてはさまざまな意見が挙がったが、シス男性が制度を悪用するという意見は多数派ではないこと、トイレよりも更衣室の方が反発は強かったが、そもそも多くの回答者がトランス/シス議論の以前に個室ではない更衣室を好ましく思っていないこと、男性の間でもトイレが個室ではないことに不満を持つ人が多いことが分かったという。この結果から、「公共の場でのプライベートな空間の供給方法についてより広く考える機会がある」と団体は提案した。

 トイレについて、ヨーロッパ最大のLGBTQ+人権団体Stonewallは、日本で言う誰でもトイレの導入を推奨しており、「ファミリー、障害者、そして多くのLGBTQ+の人たちにもメリットがあるため、多くの企業や施設が以前からこの方法を取っています」と公式サイトで説明している。More In Commonの調査では、イギリス国民は誰でも性別関係なく使える個室トイレの導入に前向きな人の方が多いそうで、「男女兼用トイレに抵抗がある少数派は、トランス女性/男性に対する心配や安全性よりも、男性の方が女性より衛生的でない傾向があるという事実を理由に挙げている」とのことで、ここでもネットでの論争と現実世界でのギャップが見られた。

 そして調査のなかでは、ほとんどのイギリス人が、たとえトランスの人が男女別のスペースを利用することに反対している人であっても、更衣室やトイレをめぐる問題には、他者の存在を認めて敬意をもって接するという常識的な対処方法を求めていることが分かったという。

 国際グループであるMore In Commonの英国ディレクターのLuke Trylはこの調査結果を受けて、「トランスの平等な権利に関する議論に関わる人々は、活動家もコメンテーターも、普通のイギリス人の意見に耳を傾ける時間を取るのがよいでしょう。彼らの共通の基盤、常識的な出発点は、この分裂的な議論の炎を消し、トランスの人々の生活をより良くする有意義な進歩をもたらす機会となります」とした。

 フェミニスト小説『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』の著者であり、2020年にJ・K・ローリング氏のトランスジェンダーに対する考えが物議を醸していた時に、スティーヴン・キングなどの著名な作家たちと共にトランスコミュニティを支持するオープンレターに署名したマーガレット・アトウッドは、トランス論争が陥ってしまった「怒鳴り合い罵り合うという議論の仕方」に疑問を呈する人のひとり。2023年にBBCの番組Newsnightで、「短文で、実際の意味合いが伝わりにくいソーシャルメディアはこの(怒鳴り合いの)議論の原因のひとつです」と述べたアトウッド氏は、一方で、「怒鳴り合い罵り合うという議論の仕方はベストな方法ではないことに人々は気づいてきています」としたうえで、「人々は、なんとか解決すると思っています」と希望を込めた。

 そして女性の権利とトランスの権利を擁護する議員たちは、議論に参加するならば正しい知識を得ることが必要だと言っている。

 アレクサンドリア・オカシオ=コルテス米議員は、2021年3月のインスタグラムライブで、「偏見は偽情報を必要」とするため、「私たちの無知が人々を傷つける法律を成立させるための武器となる」として、トランスジェンダーの人々の現状について自ら正しい情報を学ぶことをシスジェンダーの人々に求めた。

 イギリス最年少で議員になったマイリ・ブラック議員は、ツイッターでのトランス論争に触れて、「誤認が非常に多く、トランスの問題に対する無知を強く感じます。しかし無知は悪いわけではありません。知識がない時に、それについて学ぶことを拒否することが悪いのです。ただとくに、中心にはトランスフォビアの集団がいます。社会が(トランスフォビックな)表現を正当化してしまうと、それがストーリーになってしまい、議論が進まなくなります。私たちが理想とする社会に行きつくためには、まずは他人に優しく接することから始めなくてはいけません」と、英メディアJOEに語った。

(フロントロウ編集部)

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