アメリカとイギリスを発信源に世界で起きているトランス論争。中心人物のひとりである、『ハリー・ポッター』の作者J・K・ローリング氏は、「トランスフォビック」と批判する人もいれば、「女性の権利を守っている」と支持する人もいる。双方の見方がここまで異なる理由とは? 実際にどのような主張がされているのか? トランスコミュニティに何が起こっているのか? 専門家の見解などと共に騒動を解説する。

現実社会ではトランスジェンダーの人々への脅威が広がる

アメリカでは反トランス法案の提出が800%増加

 アメリカではジェンダー論争の議論に追い風を受けて、トランスジェンダーの人々の権利を奪うような法案が次々と保守派議員によって州議会に提案されている。ACLU(米国自由人権協会)は「ここ数年、各州では、LGBTQの権利、とくにトランスジェンダーの若者を攻撃する法案が過去最多で進められています」と問題提起しており、ACLUのデータを基に『The Problem with ジョン・スチュワート』が算出した数字では、2018年から2022年の間でアメリカにおける反トランス法案の提案は800%増加したという。

 LGBTQ+の権利団体HRCによると、2023年2月15日の時点でアメリカの州議会に提出されていた反LGBTQ+法案は340以上。うち150がトランスジェンダーの権利を制限するもので、「トランスジェンダーを対象とした法案の数としては、単年度では最多です」としている。

画像: ミーガン・ラピノー米サッカー代表は「トランスの子どもたちを守ろう」というメッセージをピッチから送った。

ミーガン・ラピノー米サッカー代表は「トランスの子どもたちを守ろう」というメッセージをピッチから送った。

「専門家」や「大多数の当事者」が不在のまま議論

 保守派議員は“子どもたちを守るため”という大義名分で法案の提出を続けているが、これは、本当に子どもたちのためなのだろうか? 実際の議論では、専門家や当事者の意見が反映されていないどころか、議員が州内の実際のデータさえ知らないというケースが多く、強い批判が挙がっている。

 例えば、米国小児科学会に子どものメンタルヘルスや発育に悪影響だと反対されている、幼稚園児の段階からトランスの女の子が女子スポーツに参加することを禁止する法案。2021年3月に米AP通信が、学校スポーツにおけるトランス排除法案を支持する議員24名を対象に聞き込みを行なったときには、自身の地域において女子スポーツに参加しているトランスジェンダーの女子生徒の存在を答えられた議員は、いないか、返答がなかった。同じような法律が提案されたサウスダコタ州では、議論中に、そもそも過去10年において同州でトランスジェンダーの生徒が女子チームが参加した事例はたったの1件で、法案を支持する議員たちが問題視していた女子生徒から“勝利を奪う”事実はないことが認められたものの、それでも法案は可決された。

 18歳以下にジェンダー適合ケアを提供することを禁じたアーカンソー州では、アメリカ医師会や米国小児科学会をはじめとした主要医療機関の強い反対を無視して、この分野で治療経験のない整形外科医(Patrick Lappert医師)、この分野では専門家ではない社会学の教授(Mark Regnerus博士)、信仰を理由にジェンダー適合治療に反対する小児内分泌学の教授(Paul Hruz教授)、トランスジェンダーを「ナルシスト」と呼ぶ精神科医(Stephen Levine医師)という“専門家”の見解を支持して法案を可決。

 こういった法案が可決されたあとは、誰かが州を相手取って訴訟を起こすことで判決が出るまで法令の施行が先延ばしされる。アーカンソー州の同法案でも訴訟が続いているが、2022年末には連邦地裁の判事が、“結局、主要な医療機関の見解と対立している専門家はどこにいるのか”という点を何度も聞いていたと、NPOメディアArkansas Advocateは報じた。

「票集め」のために子どもたちが犠牲に?

 では、一体政治家たちはなぜこのような行動に出ているのか? 2020年にTIME誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた、ACLUの弁護士でありトランスジェンダーであるチェイス・ストランジオは、『The Problem with ジョン・スチュワート』の中でこう分析する。

 「なぜ人々はこのようなことをしているのか? 2つの根本的な理由があると私は思っています。1つ目は、中間選挙や2024年の大統領選が迫っていることです。2000年代初期に戻ってみてください。同性カップルや同性婚への攻撃が激化したのはいつですか? 選挙の年です。票集めですよ。2つ目は、極右のクリスチャン思想です。それも背景にあります」。

 2019年に国連本部でジェンダー多様性に関するハイレベルの会合が初開催されたときに進行を任されたトランスジェンダーのジャーナリストであるイマラ・ジョーンズも、米NPRの特番で、ストランジオ氏と同じような見解を示している。「重要な原動力になっていることは2つあると思います。1つ目は思想。反トランス法案やLGBTQ+に焦点を当てる行為は、共和党内で過激な信仰心が拡大していることからきていることを過小評価してはなりません。(中略)2つ目は、政治とお金です。共和党の議員は理解しているのです。国民の8割がLGBTQやトランスの権利を支持していたとしても、その8割はそれを重要な課題の1位、2位には位置づけないことを。でも、反対する2割の人は課題の1位、2位に位置づけます。そうすれば、少数派を動員して多数派の意思を鈍らせることができるわけです」。

画像: リシ・スナク英首相は女性の権利向上を訴えている一方で、女性の中絶の権利を保障する法案のほぼ全てで投票を棄権し、2015年に提案された給与格差を是正するための法案に反対するといった経歴も持つ。

リシ・スナク英首相は女性の権利向上を訴えている一方で、女性の中絶の権利を保障する法案のほぼ全てで投票を棄権し、2015年に提案された給与格差を是正するための法案に反対するといった経歴も持つ。

 英国では、スコットランドで可決したジェンダー認定証明書(GRC)の取得簡易化法案の正式な法制化をイギリス政府が阻止すると2023年に発表。この件はヨーロッパでも大ニュースとなり、独ニュースメディアGWの記者は、「イギリス政府が反対する法案としてこれを選んだことは意外です。なぜなら、スコットランドは過去にも、ウェストミンスター(※英国議会)が支持しなかった法案を可決しましたがそれらは阻止されなかったからです」としたうえで、「過去数年、イギリス政府は伝統的な保守派な投票層から支持を受けるために、反トランスなカルチャー・ウォー議論になびいています。ご存じの通りイギリスにはリシ・スナクという新しい首相がいますが、支持率は高くなく、あまり状況は良くないです。彼は党代表の立場を維持するためにも、なるべく多くの票を必要としています。この動きは、伝統的な保守派の投票層から彼が必要とする支持を集める目的がある可能性があります」と分析した。

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