『スウィートナー』完成までの道のり
「新しいことがしたい」。
2016年にスタジオ入りした時、こう思い描いていたアリアナ・グランデ。そしてファレル・ウィリアムスやマックス・マーティンという名プロデューサーと大量の曲を作るうちに、ひとつのタイトルが浮かび上がった。
『スウィートナー』。甘味料(スウィートナー)のように物事に甘さを足してくれる楽曲や、そういった人について歌った曲。これが、歌姫アリアナの4thアルバムのテーマとなった。
しかしアリアナがアルバムの完成をツイッターで報告した約5ヵ月後、事件が起きた。2017年5月、デンジャラス・ウーマンのマンチェスター公演で男が自家製爆弾を爆発。ファンや保護者を含む23人が死亡し、イギリス国内における過去10年で最悪のテロ事件が発生した。
テロ直後にツアーを一時中断したアリアナだが、周囲の声に反し、「マンチェスターで歌えなきゃ私は二度と歌わない」と言って約2週間後に再びマンチェスター入り。ジャスティン・ビーバー、ケイティ・ペリー、コールドプレイなど総勢15組以上の人気アーティストに協力してもらい慈善コンサートを開催し、被害者のために2億円以上の寄付金を集めた。
舞台裏で自身もPTSDに悩みながら、犠牲者全員の遺族とほぼ全員の負傷者のもとを訪問し、残りのツアーも精力的に終えたアリアナ。そして当初10曲だったアルバム『スウィートナー』は急きょ15曲に増やされ、「逆さまな気分が続いていたから」という理由で、アルバムカバーにはアリアナが逆さまに写る写真が使われた。
そして8月17日、アルバム『スウィートナー』はリリースと同時にツイッターでトレンド1位に。アリアナが「どうしても新しいところに行きたかったの。新しいところに行きたいって言ったでしょ。だから新しいところに行ったの…、ここは家にいるような気分よ」と語るアルバムで、アリアナは何を伝えているのか? 以下で、全曲を解説します。
1. レインドロップス(アン・エンジェル・クライド)
「雨雫が落ちる時/空から落ちてくる時/あなたが私の元から去ったあの日/天使が涙を流した/彼女が泣いたの/天使が涙を流した/彼女が泣いたの」と、アリアナがアカペラで歌うイントロソング。
1960年代に活躍したバンド、フォー・シーズンズのカバーソングである同曲は、アリアナいわく、ある朝起きた時に頭から離れなかったからそのままレコーディングしたもの。その後気になって作曲者を調べてみたら、幼い頃に遊んでいた祖父の親友だったそうで、アリアナは「クレイジーすぎて、毎回(話すたびに)鳥肌が立つの」と語った。
2. ブレイズド feat. ファレル・ウィリアムス
アルバムの半数の曲をプロデュースしたファレル・ウィリアムスはアリアナのことを「素晴らしい…雲のようにふわふわした夢のような歌声を持っている」と絶賛しており、そんなファレルがこの曲でアリアナとコラボ。
「2人の間に流れるこの空気/今、はっきりと分かる」「あなたを手に入れたら、絶対に、絶対に話さない」と、アリアナとファレルがロマンチックなリリックを歌い合っていく。
3. ザ・ライト・イズ・カミング feat. ニッキー・ミナージュ
「光がやってくるわ/闇が奪っていった全てを戻すために」と歌うポジティブな曲について、「大きな意見がありすぎるせいで、他人の声が聞こえず、光も見えない人のことを歌った曲」とアリアナ。
ラッパーをフィーチャリングする予定で作られたこの曲。8人のラッパーをオーディションしたというアリアナは、「イヤな人間に聞こえたくないけど、どれも好きじゃなかったの」と語り、困り果てて友人であるニッキー・ミナージュに話を持って行ったのだそう。
オーディションしたラッパーをアリアナが気に入らなかった理由は、ポジティブな内容の曲なのに放送禁止用語だらけのラップをしたからだということを、アリアナがインスタグラム・ストーリーに投稿した動画で示唆している。
サビ部分に入る「君たちは誰にも話をさせない」という男性の声は、2009年に発言を何度も妨害されたアーレン・スペクター米議員が発した言葉。プロデューサーのファレルは自身のバンドN.E.R.D.の曲「レモン」でもこの時の発言を使っており、彼の記憶に強く残るシーンにアリアナが同調して同曲でも使う形となった。
4. R.E.M.
アルバム発売週にアリアナが「一番のお気に入り」と呼んでいた曲。アルバムの曲名の中からタトゥーとして入れるなら、「まだ入れてないけど、『R.E.M.』か『ゴッド・イズ・ア・ウーマン』にしようか検討してる」というほど気に入っている。
「ちょっといいかしら?あなたのことを愛してるの/会話を始める第一声にしては問題発言だってことはわかってる」と、出会った瞬間から激しく恋に落ちる気持ちが歌われているため、電撃婚約したコメディアンのピート・デヴィッドソンの曲だと言われている。
この急速な気持ちのヒートアップはピートも感じていたことのようで、米GQのインタビューで、「会った日に『明日君と結婚するよ』って言ったよ。どうせウソだって言うから、(婚約指輪の)写真を送って、『好きなのある?』ってメールしたんだ」と明かした。
5. ゴッド・イズ・ア・ウーマン
「全てを言い尽くし、全てを終えたら/神様は女性のはずだとあなたは信じるでしょう」という歌詞は、神と交わったかのような光悦感を与えてくれる女性のことを歌っており、アリアナは、「女性のセクシャルなエンパワメントと、女性は全てであるということと、宇宙は私たちの中にあるということを歌ってるの」と説明している。
同曲のMVには女性の自由な生き方をけん引してきたマドンナが神の声役で出演しているが、曲中の「夜中すぎに感じるの/抵抗できないこの感情」は、同曲と同じく宗教とセクシャルな要素をからめたマドンナの名曲「ライク・ア・プレイヤー」の「夜中にあなたの力を感じるの」という歌詞の言葉遊びである可能性がある。
アリアナは昔からダブルスタンダード(※1)などの男女差別に厳しくコメントしてきたフェミニストで、MVでは、男性から投げられる「ビッチ」という言葉を跳ね返したり、ガラスの天井(※2)を破ったりするシーンが取り入れられている。
ちなみに、アリアナの祖母や、アリアナを「僕の奥さん」と呼んでSNSで『スウィートナー』の宣伝を精力的にしている婚約者のピート・デヴィッドソンの1番のお気に入り曲がこれ。
※1:相手や状況によって対応が違うこと。例えば、男性がセックスについて歌っても批判されないけれど、女性が同じことをすると「淫乱」などと批判されるなど。※2:社会には存在すると言われる、女性の活躍を阻む見えない壁のこと。
6. スウィートナー
アルバムの収録曲の中で1番最初にレコーディングされた、アルバムのタイトルソング。
「ツイスト、ツイスト、ツイスト/ミックス、ミックス、ミックス/キスして、キスして、キスして/あなたは私に言わせるの、ohh、ohh」と、セクシーなラブシーンを連想させる歌詞が登場する。
この曲が作られた2016年当時アリアナはラッパーのマック・ミラーと交際しており、同年にマックがアリアナについて作った曲「シンデレラ」も、セクシーな表現が多く入っていた。「スウィートナー」の曲中に登場する「あなたのお母さんからホラースコープ(※)が送られてくるわ」という歌詞からして、交際中にマックの母親から不穏な予知があった⁉ ※ジョークや悪いことを伝える占いのこと。
7. サクセスフル
15歳の時にブロードウェイデビューしてから、女優としてテレビ業界で活躍し、その後シンガーに転身し、25歳の今年リリースした4枚目のアルバム『スウィートナー』の収録曲「ノー・ティアーズ・レフト・トゥ・クライ」で、デビューアルバムから4枚連続でシングルがトップ10内でデビューした初のアーティストになったアリアナ。
そんなアリアナが、「若いって最高!しかもこんなに楽しくって/成功してるなんて/私ってすごく成功してるの!」と、自分が達成してきた功績を称えるこの曲。
女性が成功について語ると「野心家、気が強い」と言われやすいことがダブルスタンダード(※)だとして欧米で問題になっているなか、あえて「私ってすごく成功しているの」と言い切ったのは、フェミニストなアリアナらしいリリック。 ※相手や状況によって対応が違うこと。
8. エヴリタイム
「私は2人の持つエネルギーを闘おうとしていた/でも自由になったと思うたび/あなたはハイになっていつも電話してくる/私は弱くなってティーンエイジャーのように降参するの」と、手放すべきだと分かっているのに何度も戻ってしまう元恋人への気持ちを歌った同曲。
アリアナは2018年に約2年交際したラッパーのマック・ミラーと別れた後に、「私はずっと彼が節酒できるようにサポートしてきたし、何年もの間、彼の心の平静のために祈ってきた」と、彼の依存症が交際に与えた影響を語っており、この曲はそんな経験から作られたものだと思われる。
9. ブリージン
「部屋がぐるぐる回って見える」ほど考えなくてはいけないことが色々ある状況のなか、「深呼吸して、呼吸して、呼吸して、呼吸して」と自分を落ち着かせるこの曲は、ストレス値がMAXだった時期に、アリアナがスタジオで「(ストレスで)息ができない」と言ったことがきっかけで完成した作品。
アリアナは昔からストレスを抱えたファンに「愛しい人、息を吸って」とアドバイスするなど、「breath(ブリーズ)」という言葉をSNS上でよく使ってきたため、アリアナらしいタイトルと言える。
10. ノー・ティアーズ・レフト・トゥ・クライ
「私の体には涙は一滴も残っていない/全部流したの、すごくいい気分、すごくいい気分」と歌う、アップテンポなアルバムのリードシングル。
テロ後初の楽曲で何が語られるかに注目が集まっていたなか、しっとりとした感傷的な曲ではなく、このようなアップテンポの曲を選んだのは、テロ当時、「私たちはひるむべきではない。やめたり、恐怖にかられたりもしない」と声明で語ったアリアナらしい行動。
アリアナはツアーのミート&グリートでファンの男の子に「僕はゲイです。誰かにこれを言ったのはこれが初めて」と言われた体験を鮮明に覚えており、この曲のセカンドヴァースはその体験がもとになっている。
11. ボーダーライン feat. ミッシー・エリオット
アリアナがデビューアルバム『ユアーズ・トゥルーリー』のPR中にラジオ局Hot 97のインタビューで名前を口にしてから、ファンに「コラボして!」とお願いされていたラッパーのミッシー・エリオットとついにこの曲でコラボ。
「あなたって焦らしてばかり/でもあなたも私が欲しいことくらい分かってる/他の男には興味ないのよ」と好きな男の子に強気に迫る曲では、これまでとはひと味違うエキセントリックなサウンドに挑戦している。
アリアナはプロデューサーのファレルと共に『スウィートナー』の多くの曲で新しいサウンドに挑戦しているが、テロ事件があるまで、レコード会社はこの“挑戦”に難色を示していたそう。ファレルは、「(テロ後)レコード会社の色々な人間が僕らのやろうとしていることを理解してくれた。あの事件で事情が分かったのは皮肉な話だけど、あれがきっかけで理解してもらえたんだ」と、米Faderに語った。
12. ベター・オフ
「心をさらけ出しすぎているから」という理由でアルバムに収録しなかった曲を、テロ事件の後に復活させることにしたアリアナ。5曲追加された曲の中でアリアナが最初にアルバムに入れることを決めたのが、元彼マック・ミラーのことを歌っていると言われるこの曲。
アリアナとマックは約2年交際したものの、2018年に破局。当初は多忙によるすれ違いとされていたが、マックが飲酒運転で逮捕された時に、アリアナがマックの依存症が破局理由だったことを認め、マックとの交際を「有害な関係」と呼んだ。
マックはアリアナとの破局後に「付き合っていた時と同じくらい彼女の幸せを嬉しく思う」とアリアナの幸せを願ったが、「心半分なあなたなら/ヤキモキからくる発言を聞くくらいなら/あなたの体の方がいい」「あなたが周りにいない方が私は幸せ」といった歌詞からは、2人の関係が抱えていた問題が目に見える。
13. グッドナイト・アンド・ゴー
アリアナが大ファンを公言し、女優として『ビクトリアス』に出演していた頃によくカバーしていた英シンガーのイモージェン・ヒープの同名曲をリミックスしたこの曲。
誰のことを歌っているかは明かされていないが、「どうしてあなたはそんなにキュートなの?」「私はあなたに夢を見させてる」という歌詞に、ピートの影が。と言うのも、アリアナは自身のスマホにピートの連絡先を「生きて夢を見た世界一キュートな男の子」という名前で登録しているから。
「夢を見た」という言葉は、長い間夢を見た記憶がないピートがアリアナと一緒に過ごした初めての夜に夢を見たからだと、ファンの間で囁かれている。
14. ピート・デヴィッドソン
2016年にバラエティ番組『サタデー・ナイト・ライヴ』のゲスト司会を務めた時に出会ったコメディアンのピート・デヴィッドソンと、約3年後の今年夏前に急接近して電撃婚約したアリアナ。
2016年当時に番組の台本書き中にピートにメロメロになったアリアナは、「100%彼と結婚するわ」と冗談交じりに予告していたそうだが、ピートについて歌う同曲には、「あなたについて考えることで、自分の人生にあなたを呼びよせた」と、願ったことでその思いが成就と言わんばかりの歌詞が登場する。
ほかにも、「これまでの人生はあなたに会うための道のりだった」などと運命を確信する歌詞が登場するこの曲、付き合い出してわずか1週間後に書いた曲だと言うから、このヒートアップぶりはさすが電撃婚約しただけある。
15. ゲット・ウェル・スーン
この曲についてファンに、「私が抱えていた不安についての曲よ。昨年に3ヵ月くらい、まるで魂が外に抜け出しちゃったかのように、悪い意味でふわふわしてた時期があったの。それについて、頭の中の色々な声が歌っているのよ」と説明したアリアナ。
アリアナは昨年5月のテロ事件後すぐにツアーを再開して、残り約3ヵ月分のツアーをこなしきった。ただアリアナいわくツアーをやりきれたのはアドレナリンのおかげで、ツアーが終わった瞬間に、内に秘めた痛みや不安がどっと出てきたという。
曲中ではそんな自分に言い聞かせるように、「もう受け入れて、無視しようとしないで」「恐怖を追うのはやめて、行きづまってるって認めて」という歌詞が歌われる。
アリアナが「聴いた人の慰めになれば」と願う曲の最後には40秒間の黙とうが入れられており、アルバム最後の曲は、テロがあった日付5月22日と同じ5分22秒という長さで幕を閉じる。
【リリース情報】
◆CD
アルバム『スウィートナー ~スペシャル・プライス盤』
2,200円(税抜)/ UICU-9094
<トラックリスト>
1. レインドロップス(アン・エンジェル・クライド) / raindrops (an angel cried)
2. ブレイズド feat. ファレル・ウィリアムス / blazed feat. Pharrell Williams
3. ザ・ライト・イズ・カミング feat. ニッキー・ミナージュ / the light is coming feat. Nicki Minaj
4. R.E.M. / R.E.M.
5. ゴッド・イズ・ア・ウーマン / God is a woman
6. スウィートナー / sweetener
7. サクセスフル / successful
8. エヴリタイム / everytime
9. ブリージン / breathin
10. ノー・ティアーズ・レフト・トゥ・クライ / no tears left to cry
11. ボーダーライン feat. ミッシー・エリオット / borderline feat. Missy Elliott
12. ベター・オフ / better off
13. グッドナイト・アンド・ゴー / goodnight n go
14. ピート・デヴィッドソン / pete davidson
15. ゲット・ウェル・スーン / get well soon
16. ノー・ティアーズ・レフト・トゥ・クライ(インストゥルメンタル) / no tears left to cry (instrumental) *日本盤ボーナス・トラック
17. ゴッド・イズ・ア・ウーマン(インストゥルメンタル) / God is a woman (instrumental) *日本盤ボーナス・トラック
◆CD+DVD
『スウィートナー ~デラックス・エディション』
3,100円(税抜)/ UICU-9095
DVD:
・「ノー・ティアーズ・レフト・トゥ・クライ」ミュージック・ビデオ
・「ザ・ライト・イズ・カミング」ミュージック・ビデオ
◆グッズつき
『スウィートナー ~ジャパン・スペシャル・エディション』
4,300円(税抜)/ UICU-9096
グッズ:『スウィートナー』オリジナル・ポーチ
アルバム『スウィートナー』日本特設サイト